縁側の 「逆風って気持ちいい!」

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カテゴリ: 集団自決

続いて第三回目です。
 
検証 「集団自決」 ジェンダーの視点から(3)
 
敵の上陸を予期しなかった座間味島住民の防空壕は、空襲から身を守ることを目的に、家族・親族単位で掘られ、場所は集落の近くに集中した。当初は、「兵隊さん」の近くが安心だと、日本軍の壕近くに掘った人たちがいたが、空襲がはじまったことで移動を命じられ、ほとんどが役場職員のいる西の方へ移っていった。
 「玉砕」命令の伝令が回ったのは、農業組合壕を中心にした西の防空壕だった。防空壕は島全体で50から60あったといわれるが、私がこれまで調べてわかった「集団自決」の犠牲者の出た所は、地図で丸印のついたAからHの八つの防空壕(場所はおおよその位置)である。
 A、B、Cは日本軍の壕だった。「兵隊さん」と一緒に「玉砕」するつもりでやってきたというAの家族のように、B、Cもその可能性は高い。Cは八つの壕の中で、唯一、女性、子どもだけだった。
 そしてDが役場職員とその家族の入った農業組合の壕、Eが学校長を中心とした学校職員とその家族、それに一般住民が入った。Fは姻戚の二家族、Gが婦人会長の家族、Hは一家族で、FからHは自家壕であった。そのほとんどの人たちが、忠魂碑まで行って引き返してきたことがわかっている。
 上陸した米軍は、集落を通ってこれらの壕の前に突如として現れたのである。逃げ場を失った人々は、防空壕内で「集団自決」を繰り広げた。
 

日本軍の武器庫のため、その中にあった銃剣が武器となった。「軍隊アガヤー」(宮城晴美は軍隊経験者と訳すが万人がわかるように縁側は単純に軍隊あがりの者と訳す。)といわれた50代の男性が、自分の妻子・嫁・孫・座間味区長を務めていた兄、それに実家と行動を共にした兄の娘・孫らに発砲、自身は着剣で割腹自殺。
 

壕を補強するための坑木の上部からロープを通し、二家族それぞれが父親(夫)によって縊死させられる。残った30代の父親は、「子どもたちと約束したから」と、妻子を死なせ半狂乱になっている40代の男性に懇願し、ロープを引っ張らせて「自決」。40代の男性も「自決」をはかるが、1人だけ生存する。
 

子ども二人を両脇に抱えた母親が、「天皇陛下バンザイ」の叫びとともに手榴弾を叩く。子ども二人は軽傷で助かるが、母親と周りにいた母子が巻き込まれて死亡。その母親は、婦人会の活動家だった。
 

最も犠牲の大きかったのが、村民の食糧庫でもあったこの壕である。村の三役をはじめ、その家族を中心に67人が入ったが、全員が死亡したため、武器に何が使用されたか不明。
 

日本軍の防空壕で、学校長と学校職員の家族、それに逃げ場を失った子連れの女性たちが多く入った。Dの防空壕が「集団自決」を決行したことと、米軍がすぐ近くまで来ているという情報により、校長の音頭で「天皇陛下バンザイ」が三唱され手榴弾が叩かれた。それによって、女性教師ら2人だけが死亡。「自決」失敗にあわてた校長はカミソリを取り出し、とっさに妻ののどに切りつけ、そして自分の首を切って死亡。
 

姻戚2家族と実家にもどってきた子連れの女性の家族。主に農薬の猫いらず(ヒ素を使った殺鼠剤)が使われた。いやがる子どもたちには黒糖を混ぜて強引に飲ませるが、のたうち回って苦しむ子どもを見るにみかねた父親が壕の前の小屋に火をつけてその中に放り込んだり、壕の土壁に叩きつけるなどして死なせる。実家にもどった女性は農薬を飲んで苦しみながら、生後2カ月の乳児を授乳しながら窒息させ、他の幼子たちは叔父にあたる弟に手をかけさせた。
 

婦人会長の家族壕である。見つかったときは全員が白いハンカチを顔にかけて整然と横たわっていたという。ここも生存者がいないため、どのような方法がとられたか不明だが、婦人会長宅に分宿した軍の幹部から、いざというときのために、多量の睡眠薬が渡されていたことがわかっている。
 

この家族は、忠魂碑からもどる際、1人の兵士から自分の壕で玉砕するよう手榴弾を渡されたが、死ぬ気を逸し、捨ててしまった。しかし、壕の前で銃剣をかまえて立ちはだかった大勢の米軍を見てパニックになり、40代の男性が妻をはじめ子どもたちの首をカミソリで次々に切っていった。男性も最後に「自決」をはかったが、男児1人が死亡し、残りは米軍に救助された。
 
 これまで調査した限りでは、八つの防空壕には175人が避難し、そのうちの135人が亡くなったことがわかっている(この数字は座間味村の「集団自決」犠牲者の総数ではない)。
座間味島の「集団自決」は、官公庁の集中する、しかも日本軍の分宿した座間味集落在住者だけにもたらされた事件だった。そして役場の全幹部(助役は兵事主任、防衛隊長なども務める)、学校長、婦人会長、青年団長、女子青年団長、座間味区長という組織の指導的立場にある人たちが、すべて亡くなった。
(紙上では、A~Hまでの壕の位置が地図化されています。すいません。)
 

この論文(と呼べるか疑問だが)のどこを読めばジェンダーの視点からのものなのかよーわからん。ただ、一つ言えるのは、この宮城晴美も実は、米軍という当時「鬼畜」と形容された軍隊の存在が集団自決を引き起こしたと理解しているのは明白だということ。それにしてもなぜ岩波・大江裁判で被告側に立っているのか・・。母親(当時、女子青年団長)の想いを無視し、自決された方々を貶めているのは自分だと気づく日は来るのか・・。昭和二十四年生まれの宮城晴美がどのように「集団自決」と向き合って生きてきたのか、母子関係と現在の立ち位置との関連性、少、青年期に身に付けた学問の要諦、異性との関係性などが複雑に絡んできた結果として歪な思考が彼女を支配したのか・・。まっ、そんなもん世に生きる人はみーんな何かしらの影響は受けているから、「変な、異常な思考」を持つ者について、考えるのはよそう。バカバカしい。
 
 
次回で最後です。

昨日に続いて、宮城と琉球新報の下衆な精神を。
 
検証「集団自決」 ジェンダーの視点から(2)
 
座間味村の有人離島の一つ座間味島は、役場や学校、郵便局などの官公庁が集中する座間味村集落をはじめ、北東に阿佐、西に阿真という三つの小さな集落から成る。1944(昭和19)年9月中旬、この島に、未成年を中心に組織された海上挺身第一戦隊(梅澤裕戦隊長)という陸軍の海上特攻隊と、彼らが搭乗する特攻艇のの整備、秘匿壕堀り、陣地構築の役割をもつ約900人の海上挺身基地第一大隊(以下、基地隊という)がやってきた。
 
 那覇に最も近い慶良間諸島は、米軍が沖縄本島に向かう際、一斉に特攻艇を出撃させて背後から敵艦に体当たりするという第三十二軍の作戦計画に基づき、座間味島の海上挺身第一戦隊をはじめ、阿嘉島に第二戦隊(野田義彦戦隊長)、渡嘉敷島に第三戦隊(赤松嘉次戦隊長)が配備され、秘密基地化されていった。
 座間味島に配備された日本軍は、特攻隊員が学校を宿舎にしたのに対し、基地隊の将兵はすべて座間味集落の民家に割り振られた。家族は裏座敷に追われた格好になる。当時、人口約600人の座間味集落に、倍近い日本軍将兵が分宿したため、集落内は日本軍であふれかえった。
 住民の行動は軍の厳しい監視下におかれ、日常生活のすべてが軍主導へと変わっていった。日本軍が駐屯したその日から、住民に特攻艇揚陸にからむ作業が命じられ、その後連日、防空壕堀りや陣地構築、食糧増産のため、役場職員の伝令が住民への集合を呼びかけた。とりわけ婦人会員には、会長ら役員が各家庭を回り、徹底して動員を強要した。体調が悪いだけでは容赦しなかったという。さらに日本軍は、スパイ防止のため、漁に出る住民はおろか、集落内の往来でさえ、スパイではないという証明のマークの着用を強制するのである。
 その一方で、一つ屋根の下で暮らす将兵と住民は、家族のような親しい関係も築いていった。やがて日常の付き合いの中で、住民は「鬼畜米英に捕まると男は八つ裂きにされ、女は強姦されてから殺される」という恐怖心を将兵から植え付けられる。そして捕まる前に「玉砕」するよう剣を渡されたり、あるいは自分でできないなら殺してあげるから日本軍の壕まで来るように言われた人たちも少なくない。特に夫や息子を兵隊にとられ、子ども、年寄りを抱えた女性たちにとって、自家に宿泊する「兵隊さん」の存在は絶対だった。
 女性たちはまた、日本軍将兵の性の相手として朝鮮半島から連れて来られた「従軍慰安婦」の存在も意識せざるを得なかった。朝鮮人という民族差別に加え、いわば「淫売」としての彼女たちに憐憫の情を寄せることで、将兵を前に「淑女」としての自らのステータスを高めた。
 
 日本軍駐屯から半年後の1945(昭和20)年3月23日、座間味集落は米軍による突然の空襲で、乳児を含む23人が死亡、ほとんどの家屋が焼失してしまい、その日から、全住民の防空壕生活がはじまった。空襲は翌日も続き、さらに25日には艦砲射撃が加わった。空襲後の艦砲射撃は、敵の上陸の前触れであることを住民は知っている。
 真っ赤に飛んでくる艦砲弾で壕の周りは火の海と化し、途切れることのない炸裂音におびえる住民の元へ、夕刻、村当局から非常米の配給が告げられた。さらにその日夜遅く、今度は、毎日のように集合を呼びかけてきた役場職員の伝令から、忠魂碑前での「玉砕」命令がもたらされた。ただ、いずれもすべての防空壕に届いたわけではなかった。「米の配給だ」 「いや玉砕だ」と住民の情報が錯綜し、危機感をもった子連れの女性たちの一部が、阿佐集落の裏海岸にある大きなガマ(洞窟)への移動をはじめた。その一方で、直接、「玉砕」命令を聞いた人たちは、最後の食糧を口にし、晴れ着に着替えて忠魂碑に向かった。情報の届かなかった防空壕の人たちは、外の気配に気づかなかった。
 飛んでくる艦砲弾をぬうように忠魂碑に向かったものの、ほとんどの人たちが自分の家族だけ、あるいは少人数という不安感で引き返し、またしばらく留まった人たちも照明弾の落下で四散するなど、結果的にこの場所での「集団自決」の決行はなかった。
 引き返したところ、必ずしも自家の壕とは限らなかった。「兵隊さん」と一緒に玉砕しようと、日本軍の壕へ向かった家族がいたり、また、子ども、年寄りを連れ、どうしてよいかわからない女性たちは、役場職員のいる農業組合壕をめざした。しかしながら、日本軍の壕は、すでに将兵が移動した後で空になっており、また農業組合壕では、役場職員とその家族が入るという理由から、ほとんどの人が入れてもらえなかった。
 3月26日午前、米軍の上陸を合図に、各防空壕で「集団自決」がはじまった。直に米軍を目にした者は、はじめて見る人種「鬼畜米英」を前にパニックになり、次々と妻子を手にかけていった。
 
 

 
その2は以上です。
なーんだ、鬼畜米英をはじめて見てパニックになり、妻子に手をかけたってさー、日本軍→兵事主任→伝令→家族の力のある者の順に集団自決の命令・強制があったんだと前回言ってたじゃん。う~ん、わけわからんが、自家撞着してることに本人は気づかないだろーなー。永遠に。もっとも男と恋愛でもすりゃ変われるかもだがな。「お一人様の老後」なんか読んでちゃダメだ。
 
まっ、ジェンダーフリーのお勉強して、子どもの頃から母親に座間味の集団自決の話を聞かされ、女性史家という肩書きもらったもんだから、ちょっとカッコイイとこ見せたいんだろーけどさー。無理があるよ、やっぱ。ジェンダーと集団自決ってさ。綻んでますよ、ところどころで。 
 

予告どおり宮城晴美が座間味の集団自決について琉球新報に寄稿しているのでご紹介します。「は~っ。」とため息のでる内容ですが、我慢してね!
 
検証「集団自決」 ジェンダーの視点から
 
2005(平成17)年8月に、座間味村、渡嘉敷村の元戦隊長とその家族による、ノーベル賞作家の大江健三郎氏と岩波書店の提訴があり、それ以来、この数年間に県内外で「集団自決」にまつわるさまざまな動きがあったことは論をまたない。とりわけ、教科書検定がもたらした危機感は、黙して語らなかった「集団自決」体験者に重い口を開かせ、県民に沖縄戦史に向き合うエンパワーを与えた。
 しかしながらその一方で、法廷における元戦隊長らを擁護する立場から歪んだ「証言の再構築」(隊長は命令しなかったという新証言なるものなど)が浮上したり、「集団自決」の用語を封じる手段として、援護法(戦傷病者戦没者遺族等援護法)と「靖国思想」をからませた論理で、その当事者を糾弾するような言説が見られることなど、立場こそ違え、モノ言わぬ島の人々や死者を鞭打つような暴力的論調に強い懸念を抱くものである。
 
そのことについては後に触れるとして、こうした弱者切り捨ての視点は、権力者(軍隊)の思想と軌を一にするといっても過言ではないだろう。「集団自決」の犠牲は女性・子どもが圧倒的に多い。そこには、住民を「死」へと追い込んでいった「力」が、軍隊という強い者から最も弱い住民へと幾重にも及んでいったことがわかっている。にもかかわらず、「集団自決」が強制された住民同士の「殺し合い」として、その要因が一括りにされてきた感は否めない。こうしたことでは、地域性、年齢、ジェンダー役割等ミクロの視点が欠落し、沖縄で起こった軍官民の「集団自決」が十把ひとからげに論じられ、その本質が見えにくくなってしまう。
 「殺し合い」というのは、「力」関係が対等であることが前提となる。しかし「集団自決」は、強大な「力」を持つ軍隊が、地元の指導者を通して住民を強制・誘導することで、家族の中の「力」のある者が、最も弱い者から手にかけていったという、「不平等な力関係」のもとで起こっている。こうした「集団自決」の本質に迫るには、ジェンダーの視点での分析が必要になってくる。
 「ジェンダー」というだけで、男性の多くが拒否反応を示すことは知っている。その言葉の持つ意味が「女らしさ」(弱い、優しい、しとやかなど)、「男らしさ」(強い、潔い、雄々しさなど)という、社会的・文化的に作られた性差として批判の対象になっているからであり、「女は女らしく」と願望する男性にとって、不都合なことが多いことは確かだ。
 しかしながら、「ジェンダー」は単に女・男の「不平等な力関係」だけでなく、軍隊と民間人、あるいは地元指導者と一般住民という階級的差異、家父長制下の家族構成などといった階層秩序と相互に連動することで、抑圧構造を強化していくことがわかっている。言いたいことは、「集団自決」はまさにこうした構図の中で繰り広げられたということである。
 
 本稿では、私がこれまで調査をしてきた座間味島の具体的事例をもとに、「集団自決」の構造を弱者(家族の中の子ども、軍隊に対する民間人など)の視点から検証し、また「集団自決」の用語をめぐる問題にも言及するつもりである。
 座間味島の場合、「集団」で「自決」したのは、家族・親族単位の防空壕が最も多く、私が調査した限りにおいて、犠牲者の83%が女性・子ども(満12歳以下)であった。その行為遂行者のほとんどが男性であり、男手のある家族ほど犠牲者が多かったことを示す。そこには家族を守らんとする家父長制下の男性の論理があり、その「守り」は、日本軍に隷属させられたことで体現されたものだった。
 つまり、「敵に捕まると男は八つ裂きにされ、女は強姦されてから殺される」、敵への投降、スパイ行為の絶対禁止、「生きて虜囚の辱めを受けず」(戦陣訓)など、軍民が混在するなか、日本軍からの憎悪発話がくり返し住民にもたらされ、現実に敵を目前にしたとき、先に妻子を、男手のないところは母親が子どもを手にかけ、自らは最後に「自決」することで日本軍の要求に応ずるという、権力への隷属的構図に巻き込まれた人々の姿があった。
 座間味島の「集団自決」は、「お互いの殺し合い」ではなく、「乳幼児が自決することはあり得ない」(安仁屋正昭著沖縄戦のはなし)と言われるように、軍隊→兵事主任→伝令から家族の中の力のある者へ、そして最も弱い者へと重層的に作用した権力による殺人であったと思っている。なぜこうした事件が起こったのか、「集団自決」を最も弱い立場の視点からあらためて検証してみたい。

 
その1は以上ですが、いかがお感じになりましたでしょうか。 ちなみに文中の、戦隊長は命令しなかったという新証言の証言者は、宮城晴美の伯父である。
 
いやらしいのが、プロフィールだ。著書の紹介で、「母の遺したもの」は紹介せず、「新版 母の遺したもの 沖縄・座間味島集団自決の新しい事実」を紹介している。イヤラシイ。なんともイヤラシすぎる。「母の遺したもの」はまさしく彼女の母親宮城初枝氏(故人)が書き溜めたものを元に書かれた「本物」だろーよ。しかし、岩波・大江裁判が始まり、自分の著書が原告側に与する内容であることから、「お仲間」から批判や助言があったのだろう。そこで「新版 母の遺したもの」をだしたのだ。
 
この論文については、批評したくない。読まれた方が言いたいことあれば、コメントにてどーぞ。
 
 

宮城晴美という女がいる。沖縄女性史家とのふれこみだ。えらそーに。集団自決訴訟の被告側についている女である。「母の遺したもの」という本の著者でもあるのだが、当該訴訟の重要な地位にいる女である。
 
母親の遺したもの・・意思、願い、を無にし、あろーことか母親が嘘をついていたと謝罪した戦隊長を敵に回し断罪するという暴挙にでた、とにかく最低な女である。自らの持つイデオロギーのためか、身に付けたしょーもない学問のためかは定かではないが、ヒトとして許せない女である。
 
その宮城晴美が、最近琉球新報に「検証「集団自決」ジェンダーの視点から」と題する論文を数日間に渡って掲載しやがった。内容はというと、とにかく日本軍は悪い!そして家父長制度が悪い!とまくしたてている。この女、座間味島では嫌われモンじゃねーのかな。論文の内容は次回。

先日、大阪高裁で、岩波・大江裁判の控訴審判決がでた。判決は、被告の岩波・大江側の言い分を認めたものだった。
 
原告は、ただちに上告するようで最高裁の判断に注目したい。ところで、今回の控訴審判決で、反日のボケ共がえらく
 
喜んじゃって、はしゃいでるようだが、「アタマの中、なんか入ってますか~?」と問いたい。おそらく、全面勝訴だと思っ
 
てるんだろーが、そんなことはない。他の特にイケイケの右派は別として、私は、むしろ勝訴だと思ってるくらいだ。
 
そもそも、名誉毀損で慰謝料よこせや出版の差し止めなんて簡単に勝てる裁判じゃないことなど最初から丸わかりだ
 
ったはずだよ。「言論・表現の自由」なんか持ち出されてきたら勝つのはもっと難しくなる。当たり前だな。私は、今判決
 
で「軍の命令だとする証拠はない」の一点で勝訴だと思うぞ。原告側の照屋氏や宮平氏の証言は信用できないと
 
しながらも、これまで、通説としてきた「集団自決は日本軍の命令」を支えてきた書籍や、証言者の声なども信用できな
 
いとしたに等しいと言えるからだ。両戦隊長の名誉回復まで認められなかったとはいえ、上記のことが、どれだけ大きな
 
意味を持つか考えれば今判決は勝訴と言っていいのだ。教科書検定で反日の奴らが検定意見の撤回要求をする根拠
 
もなくなったんだぞ~。これはデカイっしょ。
 
それと、原告側弁護団は、裁判所批判などせずに、自己批判せよ!といいたい。控訴審の審議入りする前はあれだけ
 
大言壮語してたのに、「外堀は埋まった。負けるはずない!」と一審で敗訴した後に言ってたよね。私は、この裁判の関
 
係者ではなかったのに、弁護団に「間接的に関与」させられてしまったので、いちおう注目してたけど、少し裁判所を甘く
 
見すぎていたのではないのか?自分たちの論理に過信があったのではないのか?最高裁の判断が待たれる。
 
 
今回の控訴審判決、裁判長の言いたいことを訳すと、
 
:大江が、戦隊長のことを「屠殺者」「アイヒマンのように人民裁判にかけられるべき」などと書いたけどさ、そのときは真実相当性があったわけでさ、それから数十年版を重ねてきた公共性の高い御本だから、俺たちが納得のいくような、反日のやつらからもグーの音もでないような、戦隊長無罪の新証拠をもってきてくんなきゃ差し止めなんかできねーよ。公益性は守んないとね!エヘッ。それとさ、戦隊長はさ、今現在も道歩いてると「人殺し!」って石投げられたり、罵倒されたりしてる?近所からの嫌がらせかなんかで精神的におかしくなったりしてる?そんなことないんでしょ?今現在は。だったら、もーいいんじゃないの?このへんで。おっと、だからって、俺たちは、隊長が命令したとも、してないとも言ってないかんな。勘違いせんでくれよ。そこんとこヨロシク!あとはさ、最高裁にでも行ってさ・・。ねっ。俺たちの仕事はとりあえず、ここまでってことで。
 
とまぁ、こんな感じでしょう。でも、裁判長も冷たいよね。梅澤さんや赤松さんが自決命令出してない証拠だせ!ってそりゃあ、「悪魔の証明」だろ?無理だよ!裁判長が、「歩道橋のしたから、女子高生のスカートの中を覗いてた」って記事にして本にしちゃえよ。そして、「覗いてない証拠だせ!」って言ってやれ。
 

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