縁側の 「逆風って気持ちいい!」

 縁側です、よろしく。首里城周辺をうろついております(^^♪ 言いたい放題させていただくブログです。酒飲みで常識もへったくれもない、常軌を逸した者が綴るブログですから、ムキにならずにお読みください。 ご意見やご批判などはこちら→samy_0363@ezweb.ne.jp

カテゴリ: 雑感


 昨日、ボギー手登根さんの「沖縄の声」を視ました。これです。


                     https://www.youtube.com/watch?v=Tl5jFLCKtss 


  その中の動画の部分について。そう、普天間基地フェンスがらみの動画です。めんどくさいのではっきり言うと、気分が悪くなった、ババァ共にじゃないよ。手登根さんらの協力者に対して。

  手登根さんらにゃ悪いが、沖縄人としてこの動画を制作した者らの「いやらしさ」しか見えてこない。縁側からすりゃ、どーみてもあのババァ共に共感する。

  前にも言ったが、フェンスを汚すな!は正しいと思います。でもね、あなたがた(手登根さんら)がこのババァ共を抹殺したくてこのような動画を撮ってるのならしょーがないのですが、そーじゃないだろ?どーなんだ?こんな動画でウチナーンチュを教化できると考えてるのか?そりゃ無理だよ。逆に、怒りが増すだけだぞ。縁側もあのババァに同情したもの。

  何度も言うようだけど、「一般の宜野湾市民」が、あのババァ共に注意し、あの汚損行為を止めさせるために動いてるのならいい。でも、この動画の中にいる人って、明らかに政治イデオロギーで手登根さんらと手を結んでる協力者でしょう。「活動家vs活動家」の動画としてしか見れない。それからすれば、心情的には、あのババァらに共感する。

  手登根さんは、この動画を受けて、「うるま市の事件を利用し・・」みたいなこと言ってるけど、それ卑怯だよ。その言葉を出せば、すべてが「利用してる」として片付けることができちゃうわけ?それ違うと思うなー。

  うるま市の事件イコール米軍基地という図を払拭したいのでしょうが、「沖縄の女が殺されても・・・・」に対し、「理」とか「現実」とかで反論しても、あの場では説得力はない。ないどころか、縁側からしても手登根さんの協力者らに対して怒りがこみ上げる。

  あのババァらが言った。「喪中だから」と。なぜそこで撮影を止めない?そりゃ善悪でいけば、ババァらの行いは正当化できないが、「喪中」としての行動だと言い張るのですから、それはそれでいいではないですか。このババァが言うように誰かが死ぬわけじゃないし。なぜムキになって撮影してる?番組をおもしろおかしくするためだけでしょ?地上波の連中と何が違う?

  そりゃ、番組作りは大変でしょう。予算も人も限られたものなら尚更だ。でもそれ言ったらやはり地上波のワイドショーと同じだし、いかれたコメンテーターと同じ。

  もちろん、手登根さんが身体を張って「沖縄サヨク」の実態を世間に知らしめた功績は称賛できると思います。思いますが、今回の動画は縁側個人として、あのババァ共に共感するし、撮影してる連中には嫌悪感しかわかない。

  前にも言ったけど、宜野湾市の美化に取り組んでいる活動の一貫として、あのババァ共に注意してるってんなら理解できますが、ピンポイントで普天間基地のフェンスにスポットを当てているのは明白。つまり政治活動なんだよね。

  ほんとはうるま市で殺された女性なんかどーでもよくて、米軍基地に反対する連中を撮影して「おもしろ動画」を撮りたいだけだとしか見えない。少なくとも縁側はそー視えた。

  何度も言うけど、手登根さんらの功績は認めてます。辺野古での抗議活動がどれだけ違法性に満ちたものかを詳細に取材されてます。それは感謝するけれど・・。

  人間の感情って、多くの人は素直にでます。「喪中ですから」と言われてあとの撮影者の態度で、縁側はその人を判断しちゃう。

  こんなこと言うと怒られるかもしれんが、「喪中だから」と言われたんなら、他所に美化活動してくりゃいいじゃん、と思うわけ。でも「活動家」だから、居座って撮影してるんでしょ?だ・か・ら、一般の市民は無視するんだよ。なんて思うわけです。

  うるま市の事件は、一般の外国人の犯罪だと縁側は認識してます。でもそれは興味をもって調べてるからわかること。多くの人は「軍人の仕業」だと見てると思うよ。

  大変酷な言い方かもしれんが、「沖縄の声」を喧伝したいのなら、活動家として撮影しても誤解を生むだけだと思います。くそサヨクの連中が、今回の事件を利用したとしても「喪中だから」と言うのであれば、それでいいじゃないか。やらしとけよ。もちろん、活動家して立ち位置を表明したうえでの撮影等ならいっこうに構わない。共感を得られるとはとても思えんがな。

 
 本日は琉球新報コラム「南風」を。


    以下転載します。


                    奪われし未来           5月27日付け

  
 日々ジェンダーの問題を考えている者として、今回はとても気が重い。咲いたばかりの花のような美しい笑顔。この時、彼女は確かに生きていた。ちょうど私の教え子たちと同じ年代だ。  彼女にはこれからどれほど幸せな未来が待っていただろう。何の罪もないのに、なぜ恐怖に震え、痛めつけられ、揚げ句の果てに命を奪われなくてはな らなかったのか。彼女を思う人々の「あの笑顔にきっとまた会える」という希望の灯火(ともしび)が消えた瞬間、沖縄という場所の未来も闇に覆われた。
 米軍基地があるゆえに沖縄に存在した加害者であり、基地さえなければ起こらなかった犯罪だった。軍事基地は、人間の暴力の象徴である。暴力を正当化する論理で成り立っているのが軍隊であり、暴力を正当な行為として、意識にも身体にもすり込んでいく現場が軍事基地だ。
 しかし、今回の事件は基地が沖縄にもたらした暴力であると同時に、体力で勝る男性が弱い女性に対して振るった非情な暴力であることも忘れてはならない。
 昨今、私たちはかつてないほどの暴力が頻発する世界を生きている。相手に対する嫌悪や憎悪からの暴力や暴言はこれまでにもあった。しかし、最近の傾向と して見過ごせないのは、加害者に何の恨みもあるはずがない人間(特に女性や子ども)や動物を、死に至るまで暴行したり、虐待したりする事件が後を絶たない ことだ。これらと今回の事件は同じではないが、暴力をより凶暴にしているのが、加害者の卑小な自尊心と自己中心さと臆病さにある点は共通している。
 自分より弱い者に暴力を振るう加害者は、自分の弱さを暴力でごまかす卑怯な人間だ。自らの卑怯を恥じることを忘れた民で埋め尽くされ、ただの暴力をまるで正当な行為のように語るような国に住む私たちに、もはや未来はない。
(喜納育江、琉球大学ジェンダー協働推進室長)(転載おわり)

   
この喜納育江女史は琉球大学法文学部教授、まぁ、「どんな人」かは想像がつく。

   縁側から見りゃ、この女こそ未来がないように思えるが・・・。

   >彼女を思う人々の「あの笑顔にきっとまた会える」という希望の灯火(ともしび)が消えた瞬間、沖縄という場所の未来も闇に覆われた。


    
:はいはい。だったら大学を辞めろ!意味がない。

   >米軍基地があるゆえに沖縄に存在した加害者であり、基地さえなければ起こらなかった犯罪だった。

   
:この人は、自分がどれだけのヘイトスピーチを文章化してるかってことに気づいていない。沖縄には、いや日本にある米軍基地の近くには、「基地があるゆえに存在する混血の人」はたくさんいる。この女は、その人たちに冷徹なまでのヘイト感情を吐露してるわけだよ。「基地さえなければ生まれてこなかった人々」だからな。ひとつの殺人事件をここまで気持ち悪く大風呂敷拡げるとこうなる、の典型だ。自分でなにを言ってるのか自覚してねーんだろう。教授さまねぇ・・・・。おえっ!

   >今回の事件は基地が沖縄にもたらした暴力であると同時に、体力で勝る男性が弱い女性に対して振るった非情な暴力であることも忘れてはならない。

    
:痴呆が入ってなきゃ忘れねーだろうな。あとね、ヘイトスピーチなんちゃらの法律ができましたが、縁側は前から大反対の立場です。拡大解釈が目に見えているから。言葉狩りが始まるから。それからいけば、この女の「体力に勝る男性が弱い女性に対して・・」は、一般男性に比しても体力に勝る男性に対するヘイトスピーチである。専門のジェンダーフリーの観点からも性差を強調する行き過ぎた表現となる。おぼえとけ喜納。

   >昨今、私たちはかつてないほどの暴力が頻発する世界を生きている。相手に対する嫌悪や憎悪からの暴力や暴言はこれまでにもあった。

    
:はい、喜納さんも現在進行形で嫌悪や憎悪からの言葉の暴力を行使中(T_T)/~~~

   >しかし、最近の傾向と して見過ごせないのは、加害者に何の恨みもあるはずがない人間(特に女性や子ども)や動物を、死に至るまで暴行したり、虐待したりする事件が後を絶たない ことだ。

    
:なるほど、「動物を」の部分は、ヤンバルクイナという鳥の出来損ないを守るために殺処分してるマングースに思いを致しているってわけか、偉いぞ喜納(T_T)/~~~。それから、「最近の傾向として見過ごせない・・」とのことですが、昔から女性に対する強姦はあるぞ。縁側が生まれる前だから昭和30年代なんか、国際通りの裏では毎日のように強姦された女性がいたと聞く。加害者は日米問わずだ。誇らしげに自らの強姦した状況を話す鬼畜が我々のまわりにたくさんいたわけだ。それは今も変わっていない。というより減ったのかもしれんな。だって草食系なんだもん。
            
    >

自分より弱い者に暴力を振るう加害者は、自分の弱さを暴力でごまかす卑怯な人間だ。自らの卑怯を恥じることを忘れた民で埋め尽くされ、ただの暴力をまるで正当な行為のように語るような国に住む私たちに、もはや未来はない。

    
:どの口が言ってんだよ。それはまさに、おめーのことじゃねーか。縁側から言わせれば、米軍関係者は暴言を浴びせられても反抗できないし反論できない。ただただ黙るしかない。喜納教授流に言うと、昨今の傾向として、警察官や、駅員、様々な場所での窓口の人らに対する暴言が後を絶たない。それは、自分の弱さを暴言でごまかす卑怯な人間だから(T_T)/~~~。米軍関係者も反論できないことをいいことに、辺野古や普天間周辺のゲート前で暴言を浴びせる卑怯者で埋め尽くされそれを正当な行為のように語る反基地ども。代表的なのは山城だな。山口組の抗争の際には、ぜひ山城らに出張ってもらい正義の拳を振り上げてほしいもんだ。でもね、彼らは裏で反撃するよ(T_T)/~~~

   この喜納という女みたく被害者と加害者の区別もつかない者が教育にたずさわるんだから、言うように未来はないのかもしれん。
     

 昨日に続き二日連続でエントリーするなんて何年ぶりだろう・・・。なんて気取ってみてたら昨日のエントリーにミスが・・。5月29日のコラムを30日のコラムとして紹介してたわ。ゴメンネ<m(__)m>

 ってことで今回も琉球新報のコラムを責めてみたい。今日は豪華二本立て(^^♪

 まずは、5月30日付けのコラムから。以下転載します。

  名護博物館で先日開かれた野鳥展で、ノグチゲラやヤンバルクイナの剥製を見た。生きている実物を見たいが、生息環境に影響を与えないよう我慢したい

▼ノグチゲラやヤンバルクイナは環境省のレッドリストで「絶滅危惧1A類」に指定されている。これ以上は「野生絶滅」、「絶滅」しかない。「絶滅一歩手前」と認識すべきだ
▼ヤンバルクイナが自分の体より長いヘビを捕食する様子が撮影された。たくましい姿に勇気づけられたが、危機は変わらない。ヤンバルクイナの輪禍は絶えず、2015年は37件の交通事故が確認された
▼希少動物の交通事故死を防ごうと損害保険のグループ会社がスマホアプリを開発し、提供を始めた。希少動物の出現多発地点や速度超過を音声で知らせ、運転手の注意を喚起する
▼ノグチゲラは沖縄の県鳥だ。新潟の県鳥トキは国内では03年に野生絶滅した。沖縄に生息した生物でも哺乳類のミヤココキクガシラコウモリ、鳥類のダイトウノスリなどが絶滅指定されている。人ごとではない
▼環境省は7月にも国頭、東、大宜味3村にまたがる「やんばる地域」を国立公園に指定する。希少生物の保護は県民一人一人の課題だ。まずは輪禍を防ぐこと。希少生物に思いをはせ、慎重にのんびりドライブを楽しみたい。数が増えれば見ることができるチャンスも増すのだから。(転載おわり)


   県内の野生動物、とりわけ絶滅危惧種について書いてあるようなのですが、こーいう「考えてもいない、思い悩んでもいない」ことについて、真剣に取り組んでいるフリをして物を書く人がとにかく嫌いだ。商売としてもだ。


   >▼ヤンバルクイナが自分の体より長いヘビを捕食する様子が撮影された。たくましい姿に勇気づけられたが、危機は変わらない。ヤンバルクイナの輪禍は絶えず、2015年は37件の交通事故が確認された


    :このヘビが絶滅したらどーすんだよ(T_T)/~~~。何がたくましい姿に勇気づけ・・だ、ドアホが。このヤンバルクイナとかいう鳥の出来損ないのおかげで、マングースが害獣扱いされ、捕獲されると殺処分されている。もちろん沖縄県によって。


   >▼ノグチゲラは沖縄の県鳥だ。新潟の県鳥トキは国内では03年に野生絶滅した。沖縄に生息した生物でも哺乳類のミヤココキクガシラコウモリ、鳥類のダイトウノスリなどが絶滅指定されている。人ごとではない
▼環境省は7月にも国頭、東、大宜味3村にまたがる「やんばる地域」を国立公園に指定する。希少生物の保護は県民一人一人の課題だ。まずは輪禍を防ぐこと。希少生物に思いをはせ、慎重にのんびりドライブを楽しみたい。数が増えれば見ることができるチャンスも増すのだから。


    :このコラムを書いた人を一言で評すると、どんだけバカなんだよ!となるのかな。

     野生動物を保護したいのか、やんばるをドライブしながらお手軽に絶滅危惧種を見たいのか、おい、どっちだ?ほんと、こーいうバカにコラムなんか書かせるなよ。いいかい、どーしても野生動物を保護したいのなら、やんばるなんかドライブに行くな!年間37件も交通事故が~って、てめーで書いてんじゃねーか。3行進んだら前に書いたこと忘れる人?備忘録も書けないじゃん。

  こいつは「野生の王国」視たことねーんだろーな。気楽に野生動物鑑賞なんて言える奴はね、沖縄の自然が好きで移住したはいいけど、「なんでこの辺りにはコンビニがねーんだよ」ってボヤくアホウと同じ。山にキャンプに行って「トイレは水洗じゃなきゃイヤ!」というおバカな女と同じ。

  どーしても守りたいならお前が率先してやんばるのことは忘れなさい。でなきゃ、「みんなヤンバルを立ち入り禁止にしよ~!」ってキャンペーン張れよ。

    那覇のコンビニでおにぎり買って、やんばるの大自然の中で、「いや~、こんなとこで食う昼飯はウマいな~」なんて言うんだろ?偽善者が。マジ嫌いなタイプです。それに、このコラム書いた者は縁側よりも程度が低い。作文苦手なのに記者やってる典型だな。それは、このコラムの最初と最後読みゃわかる。まず最初。


    >名護博物館で先日開かれた野鳥展で、ノグチゲラやヤンバルクイナの剥製を見た。生きている実物を見たいが、生息環境に影響を与えないよう我慢したい


      :それから最後ね。 


    >希少生物に思いをはせ、慎重にのんびりドライブを楽しみたい。数が増えれば見ることができるチャンスも増すのだから。


      :見てーのか、見なくていーのか、どっちなんだよ!




 続きまして、昨日31日の同コラムを。以下転載します


  闘牛の蹄(ひづめ)に鎌やノミで隙間をつくる。その作業によって足の裏がポンプの役割を果たし、血の巡りが良くなるという。削蹄師(さくていし)は闘牛の健康状態を見ながら約3カ月に1回蹄を削る

▼フリーカメラマン久高幸枝さんの写真集「闘牛女子。」(ボーダーインク)が、その地道な作業を紹介している。勢子(せこ)として辣腕(らつわん)を振るう女性や、増加著しい女性観客。ほかにも飼育管理、牛の鍛錬の様子など、写真一枚一枚が闘牛の奥深さを伝える
▼取組は数秒で決着がつくこともあれば、30分を超す熱戦もある。大会前には勢子らが対戦牛の性格や癖、体調などを徹底的に調べ上げて戦術を練る。晴れ舞台までの関係者の熱意が大会を盛り上げている
▼県内では年間約30大会が開かれ、その8割はうるま市にある石川多目的ドームが会場だ。闘牛のメッカをどう生かすか。市商工会が行った市内36事業者へのアンケートでは「闘牛を活用した地域活性化事業」に8割が興味を持つ
▼闘牛アナウンサーの伊波大志さんは「那覇空港に闘牛ブースを設置したい」「ビール会社と連携した大会を」と提案する。若手ならではの熱意あふれるアイデアだ
▼年季の入る地道な作業あり、熱血闘牛女子あり、若手の意欲的な提案あり。闘牛を取り巻く人たちの情熱が観客を沸き立たせ、地域に彩りを添えている。観光に生かさない手はない。(転載おわり)


   もうね、ほんと涙が止まらない。前日に絶滅危惧種の野生動物を守ろう!というコラム。翌日には動物のケンカで金儲けってか?(T_T)/~~~ 医者紹介してやろーか?


   闘牛に関しては、やりたい人がやればいいと思ってるんだけど、でも観光メニューにというのは、闘牛について知ってていってるのか・・・・。


   石川の多目的ドームでよくやりますが、たしか「母の日」の大会はデカかったのかな。最近では家族連れや米軍の米人家族も見かける。これは主催者の知恵で、来客者に抽選で豪華景品が当たるんだよ。何とかモータースがクルマを提供したりね。それ目当てでくる人が近年増えてきた。抽選が終わるとさっさと帰る人もけっこういるわけだ。で、闘牛なんだが、かなりの金額を勝負に賭けてるのはご存知なのでしょうか?闘牛の勝負にお金を賭けてないなんてことはありえないんですが・・。本土から大金持ってきて賭けてる人もいるんですが・・。


  いや、それがダメってことではないよ。琉球新報がカジノ誘致に積極的ってんなら別にいいわけ。そーなの?

  観光客のてまえ、現金のやりとりは自粛したとしても、それらは裏でってことになる。いいの?


  言っとくけど、数百万なんてザラに動くからね。その日だけで一千万稼いだってのもある。いいの?


  何度も言うけど、カジノ誘致に賛成ならばいい。観光客も巻き込んで、金のバラマキ合いは楽しいだろう。

  金を賭けない闘牛なんてありえないからな。マージャンやるのに金賭けない人いないだろ?琉球新報が違法な賭博行為を容認するってんなら別にいいんだけどね。どっかの誰かさんみたいにガミガミ言わねーよ。でもね、それ容認しちゃうと、我が日本共産党沖縄支部の逆鱗に触れますよ(T_T)/~~~



   上の二つのコラムを紹介したのはね、これ書いた人たちが、世間を知らなすぎるってことを言いたかったわけ。おそらく子供の頃から「優等生」に属する人たち。ここ沖縄ではこのカテゴリーに属しちゃうと、「沖教組な人」になってしまう。ですから、優秀な人が書いたコラム、として読んじゃうと脳みそに異常な神経が発生する。


   結局、ヤンバルクイナを守るだなんだは、こいつら勘違い野郎を満足させるネタってことだ。闘牛もね、蹄がどーだ、ツノがどーだなんていうけど、それって「相手を傷つけるための武器」なんですが・・、いいの?


  ついでに言うと、闘鶏なんかは知人の893の人が大好きで、何度か見ました。大金賭けてましたね。




 


  ここ数日、寝つきが悪い。うるま市の事件のせいだ。あまり考えないようにするのだが、ついアマタをよぎる。

  前のエントリーで、日本人には民主主義は合わないと書いた。実際に合わないのですが、こんな声も聞こえてくる。「今現在、日本は民主主義国家じゃねーか!お前バカか?」というもの。

  日本は民主主義国家ではありません。これは民主主義の誤解でしょう。「民主」というくらいですから、国家の主は国民ということです。そこは共通認識でいいよな?

  選挙で我々の代表を決め、議会で税金の使い途を決め、外国との条約なども代行してもらってる。いわゆる関節民主制というやつだな。うまく機能してるようだから民主主義だという人もいるだろう。それはそれで間違いではない。もちろん民主主義的でしょう。でもそれは一部でしかない。それをもって民主主義だと言い張るのは無理がある。

  国家権力にはたしか大きく分けて三つあったよな。そう、司法権、立法権、行政権の三つだ。民主政治の上で重要な権力ですが、三権が独立してその権力を行使できることから、三権分立といってるようだ。なんか社会の授業みたいね<m(__)m>

  わが国でも三権が独立してますよ、といちおう学校では習ったのですが、首相公選制度もない、もちろん大統領制でもない我が国では実は二権分立でしかない。行政(内閣)と立法(国会)の権力は、単独政権であっても、連立政権であっても、当該政党に集権化する。現在は、自民党と公明党の連立政権ですから、この二権はこれらの政党の手中にある。

  米国なんかは、その点大統領制を敷いているから、きっちり三権が分立してます。大統領(行政)、議会(立法)、連邦裁判所(司法)という具合だ。それに大統領には議会に対して拒否権もある。議会で成立させた法律への署名拒否だな。あと、大統領が議会に「こんな法律作れ!」と指示できる。もちろん議会側(立法側)にも拒否(無視)できる権利はある。では司法はというと、独立してるだけでなく、連邦裁判所の裁判官(判事)は大統領が任命し、議会が同意しなきゃならん。権力の分立がはっきりしてる。

  前置きが長くなりましたが、ってもういっぱいいっぱいでちゅ、疲れた"(-""-)"

 前のエントリーの地位協定に触れたとこで日本は民主主義に合わない。と書いた。
 それは、司法を見れば一目瞭然でしょう。
 前エントリーでも書いたが、世界最先端の民主主義国家である米国なんか、証拠あり、自供あり、科学的根拠あり、目撃者ありと誰がどう見ても犯人なのに、無罪がでるケースがある。事務手続きの不備だよ。あるいは違法性の高い捜査が少しでもあった場合もね。LA市警で白人警官数人が黒人青年をめった打ちにしたことから違法捜査が明るみになったこと記憶してる人も多いはず。警察の捜査が法に少しでも抵触してたらアウト。いくら証拠が正確でもアウト。日本は今でも可視化がどーだとかいってるわけだ。よくハリウッド映画なんかで、逮捕された者が「弁護士呼んでくれ」なんて言うね。日本でもそれはできるけど、ほとんどが国選でしょう。

 民主主義を標榜するうえで最も大事なことは「国民の権利」。日本国憲法でも13条で立法や国政の上で最大限尊重される、とある。公共のなんちゃらとか入ってるけどね。では我々はそれを最大限行使してるでしょうか?

 例えば、カレーに毒入れて何人か忘れたけど死亡させたとして林という女性が死刑判決を受け確定していますね。あれね、状況証拠だけですよ。裁判官も「この女以外に毒入れることのできるのいないもん」と決めた。日本では、「当然だ」とか、「とっとと死刑にしろ」とかの意見が多くでますが、米国で同じ事件が起きたとして死刑判決が出るでしょうか?状況証拠だけ、目撃者なし、毒物も被告のものと断定できない。それで死刑にできるのか。大いに疑問であります。私見ですが米国なら無罪かもしれない。

 日本では、マスコミの報道でもそうですが、逮捕イコール犯罪者という空気を作ってしまう。実は、これこそが民主主義国家ではない証拠。だって容疑者は日本国家の主(あるじ)ですよ。犯罪者ではない主権者なのです。しかし、マスコミの報道姿勢を受けて巷間では「あれが犯人」と断定してしまう。これは警察情報からマスコミが流す報道からくるのですが、警察は「こいつがホンボシ」として捜査する。当然、公判に耐えうる証拠を見つけてくる。それが時には証拠ねつ造などで冤罪を生むわけだけど。

  刑が確定するまでは、その被告は主権者の一人なのです。ですから、被告は拘束される以外は我々と同じ主権者で様々な権利を有している。ここを理解しない限り、米国並みの民主主義には近づけない。

  拘束しているのは警察(行政権)であり、検察(行政権)であります。その国家権力に対抗するために弁護士がつく。そして司法の場で被告の主権者たる立場を守る戦いが繰り広げられるわけ。これはオウム事件でも同じ。我々はとにかく麻原を死刑に!という空気をつくることとそれが達成されることに興味が集中したが、主権者が拘束され、尋問され不利益を被っていないかなどはアタマにない。非民主主義的ということ。

 司法の場では、検察という行政側が被告を犯罪者にするために様々な証拠を提出する。証拠調べというやつだな。その証拠がどこからチェックしても正確な証拠か調べる。弁護士は証拠の信ぴょう性を疑い検察のあら探しをする。それを最終的には裁判官が判断するのですが、最近では裁判員制度で国民が直接裁判にかけるようになってますが、本来の趣旨としては、主権者たる被告の権利を守る意味がある。しかし実際はそのような精神状態ではなく、「公正な目」で裁くべきだと思っている。これも勘違いだ。公正な目を持つではなく、被告の主権者たる権利を行政(検察)が侵害していないかをチェックしなければならない。つまり、被告に寄り添い、被告側に立って、行政(検察)が犯罪者にしたがって提出してる証拠を吟味しなければならないのです。

 ですから、マスコミ垂れ流す恣意的な情報に左右されてはいけないし、あってはならない。

 上で書いたのが「民主主義」の一例なのですが、こと犯罪に関して我々日本人は時代劇などで洗脳されている。遠山の金さんなんか、おとり捜査して、潜入捜査して、大捕り物で拘束して、お白洲で尋問して、判決を言い渡してます。これは、警察(行政)と検察(行政)と裁判(司法)をたった一人でやってるわけ。それを拍手喝さいで視てるわけですからね、小さい頃から。水戸黄門だってそう。天下の副将軍かなんかしらんが、全国津々浦々に赴き、巨悪を成敗してます。これは東京地検特捜部の仕事と司法両方をあのじーさん一人でこなしてるわけですよ。さて我々に民主主義って合いますか?

  林死刑囚を助ける運動が安保法制のときの運動並みに起きますか?それないでしょう。「悪党なんだからいいんだよ」ということでポイ。

 冤罪などでお年を召されてから無罪になった人が身内ならどうでしょう。今までどれだけの冤罪があったのか・・・・なんて考えると恐ろしくなります。これは、カタチだけ民主主義を装って実は、民主主義でもなんでもない我が国の在り方の問題。民主主義国家を目指すならそのように教育しなければならないのに、それをしてないんだもの。もっと言えば、我々にはこのような感性というのか感覚は難しいと思うぞ。合わないと思うぞ。

 だったら何がいいんだ?と問われてもそれは困るんだけどね。とりあえず現在の中途半端な状態はどちらにしてもよくないでしょう。

  みなさん、お久しぶりです。お元気でしょうか?梅雨空でじめじめした天気ですが、いかがお過ごしでしょうか。それはそうと、うるま市で女性暴行殺人事件が起きましたね。ひどい事件です。

  この事件の対応について一言だけ言わせてください。

 容疑者のシンザト・ケネフ・フランクリンさんは、米国籍の男性、沖縄人の妻(国籍は知らない)と乳児が一人の三人家族で、与那原町に住んでる。職業は嘉手納基地内の業務委託企業の会社員で元海兵隊員。プロフはこんな感じだよね?いいよな。

 事件の経緯等はみなさんのほうが詳しいでしょうから割愛します。

 このシンザトさんさー、いままでにも婦女子に対する暴行あったのかなー?それも明らかになるんでしょうが、どうもこの事件やら、前に那覇市内のホテルで起きた米兵による暴行事件やらでの周辺にいる連中の対応が腑に落ちないんだよね。

  那覇市内のホテルでの暴行事件ですぐさま四軍調整官が翁長知事閣下に対して謝罪しましたよね。なんで被害者に謝罪しないの?もっと言うと、なぜ仕事中でもないのに職場の上司が謝罪するのでしょうか?
 今回の事件でもなぜ四軍調整官は出張中の翁長知事閣下の代わりの安慶田副知事に謝罪したのでしょうか?
 「謝罪に来い!」ということではおそらくないのでしょう。自発的にとった行動だろうけど意味がわからん。それにね、刑が確定しないうちに謝罪ってどーいうことだよ。わけわかりませんので、誰か教えてちょ。まぁ、反基地感情を抑え込む狙いがあるんでしょうがね。

  ネットの記事では「謝罪と補償」という見出しまである。おいおい、誰が補償するんだ?誰に?米国?日本政府?ほんとバカじゃねーの。補償はね、もしご遺族が求めるならだけど「シンザト妻」にしてもらいましょう、家屋敷売ってでも金工面したらよい。じゃなきゃ米国にいるおかあちゃんに請求しましょう。刑が確定した場合でご遺族が望むならだけど。

 一般論でいえば、今回の事件で反基地感情は高まります。前にもいったが、このような事件がたびたび起こると取り返しのつかない事態になります。基地に対して意見を持たない者も反基地になる。もちろん個人の犯罪はどこまでいっても個人の犯罪。でも、ここ沖縄では歴史的経緯からその「常識」は通りにくい。

 オスプレイ落ちろ!と叫ぶ反基地運動員の心と同じで、今回の事件を利用することに躍起になる連中はさっそく行動に出ているのでしょう。

  「基地あるが故の事件」とは使い古された言葉ですが、その魔法の言葉を沖縄全体、日本全体にふりまく行動にでるのだろう。

  このシンザトさんが犯人だとしたら、チンポたたっ切りアヒルに食わしたらいいと思うし、家族の手で八つ裂きにしたらいいと思う。

  米国籍ということは「外人」ですね。よそ様の庭では礼儀を守るのが当たり前ですね。それができない連中は、朝鮮半島系も含めて出て行ってほしいもんだし、地元民が私刑にしてもよい。それが「田舎のローカルルール」ですよ。

  縁側が子供の頃、復帰前のことですが、コザの街では、不良米兵を相手に「人民裁判」と称して、複数人でボコボコにしていた地元青年団がいたらしい。「判決を言い渡す。私刑!」とかいってね。このような法律を無視した者らがこれから現れないとも限りません。これは理屈じゃねーんだよな。「おらが村」を守りたいという気持ちが暴挙に出る者らを支配してしまう。

  今回の事件でもしもシンザト妻とその子供に対して「あなた方も被害者よ」なんて軽口たたく反基地反米のクソッタレがいたとしたら舌を切ってやれ。彼女(シンザト妻)には悪いが、石を投げられても仕方ないと思うぞ。被害女性の家族にボコボコにされても仕方ないと思うぞ。それもローカルルールだ。何らかの社会的制裁は受けてもらう。沖縄には安住の地がないくらいでちょうどよい。被害女性の供養にもなる。人を殺すということは、そこまでのことだという戒めを社会が認識しなきゃならんからな。

 同棲中の彼氏と結婚して、幸せな家庭を築いていくという人生設計を根こそぎ葬られた被害女性と家族の心中を察するとほんといたたまれない。このシンザト氏が犯人なら、自殺に失敗したことを後悔するくらい苦しめてから死んでもらいたいもんだ。

 それにしても。月曜日に翁長知事閣下と安倍首相が会談を持つらいしいのだが、???ですよね。何を話すんだ?誰が希望した会談か知らんが、なぜ国と県の行政のトップが・・・。意味がわからん。まぁ、これも「抑え込み」ってことか。ズレまくりだな。

  この事件を受けて日米地位協定に言及する者がいるけど、それもズレてる。関係ないもんね。在日外国人というだけですからね、このシンザトさんは。それに、地位協定云々をいうのなら、容疑者の段階で犯人扱いし、有罪率が99%以上の我が国に対して、民主主義を標榜する米国が鍛錬を積んだ米兵を簡単に差し出すような改定に応じるとは思えない。だってね、日本じゃありえないことだけど、殺人事件があったとして確実にこの人が犯人で証拠もバッチリ、目撃者の証言も一致、DNA鑑定も合致、自供もとれた、どこをどうみてもこの人が犯人だとしても、法務手続きの不備ひとつで無罪判決が出ちゃうんですよ、米国は。日本人には理解できないですよね。でもね、このような米国こそが「立派な民主主義国家」なんですよ。詳細はまた今度ね。結論をいうと、我々の持つ常識は民主主義には合わないのですよ。ですから、米国に地位協定の改定を迫るのも限界がある。米国側からしたら現行でも精いっぱいの譲歩なんじゃねーのかな。

  沖縄は県議選も近いですが、今回の事件を利用する候補者、選挙用の横断幕をガードレールにつりさげている候補者、こいつらに投票することのないようお願いします。

 

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