縁側の 「逆風って気持ちいい!」

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2009年08月

将棋の羽生名人が「定跡はは覚えて忘れろ」と言われているらしい。
 
なるほど、定跡といっても、囲碁でもそーだが、序盤の戦い方であって、勝負の行方はそれだけで判断できない。
 
それでも、定跡を知っているものと知らないものの差は出てくる。力量が近ければ近いほどそれは顕著だろう。だから覚える。そして忘れる。
 
日本は、被爆国として、核廃絶に積極的に国際社会に訴えていかなければならない、といわれる。もちろんそのとおりであろう。
 
しかし、核を持たない国が持っている国に「核捨てろ!」とはいえない。言ったってまず相手にされない。事実そーなっている。
 
オバマが核を減らすと宣言したことに、期待している人々の脳内にはきっと御花畑が咲き誇っているのだろう。うらやましいかぎりである。
 
日本の立場としては、あくまで核廃絶であることに、異論はないが、その前に核保有国にならなければならない。持ってから捨てなければだめなのだ。
 
経済大国は必然的に軍事大国でなければならない。少ない予算でより大きな防衛力といえばやはり核である。そして核廃絶を最終目標に掲げつつ核保有国になることを宣言する国は日本だけというカタチこそ望ましい。
 
定跡ではないが、「持ってから捨てる」ことですな。

映画の話題をもーひとつ。
 
沖縄出身のお笑い芸人、ガレッジセールのゴリが映画を撮ったよーだな。昨日県内で舞台挨拶までしたよーである。
 
このゴリという人物のことはよく知らないが、映画のタイトルを見て判断すると、単なるボケ野郎といっていい。
 
「南の島のフリムン」。
 
これが映画のタイトルであるのだが、世間の皆様は「フリムン」の意味をご存知ないからスルーできるのだろーが、意味を知っている私からしたら「映倫は何を見てるんだ?」ということになる。
 
この「フリムン」、「フリ」の部分と「ムン」にわかれる。
 
日本標準語でいうところの、「○○者」と解してよい。「ムン」は「者」である。
 
では「フリ」はどのように解すればよいか。日本標準語でいうところの「狂れる」(ふれる)と解せるのですぞ。
 
つまり「フリムン」とは、世間一般でよく使う「キ○ガイ」の意味である。
 
いくらなんでも映画のタイトルにふさわしいのか、そーでないのかくらいは、私でもわかる。ではなぜ映倫は無問題にしたのか。
 
もちろんB級映画だから観客動員もたかがしれたものかもしれない。しかし、「フリムン」が簡単に使われることに沖縄語を理解する私などは納得できない。
 
早速、映倫に連絡してなぜスルーしたのか問い質さねばならない。
 
それにしても、ガレッジのゴリとかいう輩には困ったものである。
言葉を知らないなら軽率に使うべきではないのだが、私と違って育ちが良くないのだろう。
 

昨日、映画「HACHI」約束の犬を見てきた。金曜のラスト上映だけあって(割引ありだから)客の入りもまぁまぁだった。
 
私は、映画を複数人では見ないのを基本としている。別に見に行ったっていいのだが、少しウザいんだ。鑑賞後に必ず「どーだった?」と聞かれるのがイヤだ。だから一人で行く。
 
この「HACHI」はもちろんご存知忠犬ハチ公の物語である。それを、ハリウッドがアメリカを舞台にして描いたものでした。
 
私は、感動的な映画との前評判のある映画は見ないことにしている。最初っから「涙を流しに」を前提に金を払う気にはなれないからだ。まして衆人に見られるのですぞ。死にたくなりそーでいやだね。
 
ではなぜ、明らかに「感動モノ」であるこの映画を見に行ったか。
 
飼い犬が、帰らぬ主人を何年も待つということを、そのけなげさ、忠実さ、などなどを米人がどのように理解しているかが見たかった。ホントに理解しているのだろーかとの疑念がず~っとあったわけです。
 
なかなかよかった・・・・が素直な感想です。米人だからきっと状況説明を軽口で、なんて思ったけど、そんなことはなかった。見る者の感受性にお任せです、という作り手の意図がわかった。
 
いや~しかし、最後のほーになると、すすり泣く者や、ハナをすする音があちこちで聞こえてきた。このような映画の場合、私は席を立つ準備をエンディングの前からおこなっている。理由は・・・
 
暗いから。エンディングが始まると同時に席を立つ。
 
実は泣き上戸なのです<(_ _)>
 
人に見られるのは、恥でしょ?だから見せるわけにはいかないの。築き上げた何かが音を立てて崩れるのを阻止しなきゃならない。それは猫の交尾と同じくである。(意味わかる?)

「一回やらせてみよう」
 
民主党に対する世論である。
 
産経政治部も言っているように、政権とった民主党がそー易々と政権を手放すことはないだろう。当然策を講じてくるに違いない。
 
他の政党との連立を志向するなら中選挙区制へ戻す動きがあるかもしれない。これは自民包囲網を完璧にする意味も含めて。
 
しかし、今回の選挙で自民は分裂する公算が大きい。そーなれば現行の選挙制度で十分長期政権を維持できる。
 
高福祉国家になった日本を見たくない。親子の情愛を基本とし、その援助を目指すなら「中」から「低」福祉が望ましい。
 
子どもから老人まで、国が支える国家ですか。社会主義者はいつも甘言をうま~く使いながら寄ってくるんだけど・・。
 
もっとも無策すぎた反動でもあるのだが。(少子化についてね)
 
美しい花には棘がある。
 
日本は美しい自然があり、そこに暮らす人々とともに未来へ残していきたいものである。しかし、美しさを維持するには、厳しい掟や風習がある。残酷とも思えるほどのことをやらなきゃ、全滅しかねない脆さを併せ持つのが人々の営みである。
 
最近、古い映画を見た。今村昌平監督の「楢山節考」だ。
 
奥深い山村のそれはそれは厳しい掟。しかし、そーせずには生きられない自然との共生。親子の深い情愛も、厳しい自然の前ではなす術もない。姥捨てという掟に従い、息子の背中におぶさる母親。涙なくして見れるものではなかった。もちろん今の時代にそれは許されることではない。
 
陶器の世界でも、納得のいく作品以外は割って捨てる。器として使用可能であってもだ。人気のラーメン屋でも納得のいくスープができなかった日は店じまいだそーだ。凡人の私からみれば、どちらもそこそこ使えるのなら、利用すれば?などと思うのだが、美しい器、旨いラーメンを客に提供するにはそこまで厳しくあらねばならないということか。
 
民主の「生活が第一」は聞く者の耳には心地いいのかもしれない。そしてそれは正しいのだろう。しかし、それを守るための厳しい掟や忍耐が必要なのは論を待たないが、それを忘却、あるいは無視した「生活」が果たして美しいものになるのか。
 
どのような政策もそこに住む者の厳しい自覚と覚悟がなければ成り立たないことを我々国民は知っている。政治家や官僚の皆さんはどーなのか・・。

全国学力テストの結果が出た。秋田は凄いね。毎年上位とゆーことは、環境整備されてんだろーなー。
 
さて、我が沖縄県はというと、な、なんと科目によっては最下位から脱しております。たしか小6算数で41位、国語で46位だったような。中学生は全ての教科で最下位とここは定位置をキープしとりますね。
 
それにしても、県教育長のお言葉がね~。「一定の成果がでている」だとさ。ギャグのつもりでもなさそーだし、マジで言ったのだろう。結局は小・中ともに最下位なんだから「一定の成果」はないだろーよ、教育長!数年後には全国平均を目指すって、同じクチで言ってんじゃないよ、まったく・・。それこそギャグだと笑われちまうぞ、高知や大阪あたりに。大阪といえば・・・・
 
毎年、最下位に近い大阪の橋下府知事が「各自治体の長はやめろ!」と、わけのわからないことを叫んでおりますが、手始めに貴方が辞意を表明しなさい!なんでも言やぁいいってもんでもねーだろよ。
 
それにしてもこの学テって50億近くかかるんだってね。こーなったら、下位の10県が負担するってことにしよーよ。結果発表を武道館でやって、もちろん都道府県知事や教育長も来場し、各都道府県から選抜された子どもたちとともに、結果順位にある県は泣き叫び、ある県は歓喜の声を上げるわけだ。まっ、日本の夏の風物詩ってことで楽しめると思うのだが。
 
順位発表者はやっぱ麻生さんかな~。そいで子どもに「漢字わかんねーくせに引っ込んでろ!」とか言われたりしてね。楽しそーだから、エンターテイメントとして存続を検討してほしいものである。

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