縁側の 「逆風って気持ちいい!」

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 本日は慰霊の日ということで、毎年気味の悪い社説で紙面を埋める県内紙、その一つである沖縄タイムスの社説を載せますね。


           

 

社説[慰霊の日に]知ることから始めよう

2020年6月23日 07:50

 こういう時期だからこそ、沖縄戦の実相をより深く学び、戦争の記憶を引き継ぐ意味を心に刻みたい。

 きょう沖縄は「慰霊の日」を迎える。県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦から75年の節目となるが、今年の「6・23」は新型コロナウイルスの影響で慰霊祭の中止や規模縮小を余儀なくされている。

 「3密」を避けるため全校集会を取りやめ、クラス単位のオンライン平和学習に切り替えた小学校もあった。

 県と県議会が主催する「沖縄全戦没者追悼式」は、規模を200人ほどに大幅縮小し、糸満市摩文仁の平和祈念公園で執り行われる予定だ。

 当初、県はさらに人数を絞って、摩文仁の丘の上にある国立沖縄戦没者墓苑で開くとしていた。

 感染症対策として規模縮小はやむを得ないとしても、なぜ県の追悼式を国家施設で開くのか、疑問を抱いた県民は少なくない。

 事は沖縄戦の本質に関係する。

 日本軍が司令部のあった首里から撤退し、南部で本格的な戦闘を展開することになれば、住民を守ることができないという声は、県庁側にも米軍側にもあった。

 だが本土決戦に備えた時間稼ぎという戦略持久作戦を採用した日本軍は、首里からの撤退による徹底抗戦を選択。結果、南部撤退後に行き場を失った住民の被害が続出することになる。

 沖縄全戦没者追悼式の場所や形式が問題になるのは、それが沖縄戦の実相に深く関わっているからだ。

■    ■

 20万人以上の沖縄戦戦没者のうち、県出身者は12万2千人を超える。兵士よりも非戦闘員である住民の犠牲者が多いことが、沖縄戦の最大の特徴である。

 沖縄戦では、兵士だけでなく一般住民も軍の方針によって戦場に駆り出され、戦闘に動員された。

 逃げ場のない住民は、壕の中で、畑のあぜで、屋根の下で、米軍の攻撃にさらされ、死に追いやられた。

 それだけではない。日本兵によって壕を追い出されたり、なけなしの食料を奪われ、スパイの疑いをかけられて殺害されるなどの事例も、県内各地で相次いだ。

 そのような事実を深く心に刻み、世代を超えた「学びのリレー」を重ねることによって、二度と戦争を起こさない、という先人への誓いを確かなものにしたい。

■    ■

 慰霊の日を前に本紙と朝日新聞社が沖縄戦体験者に実施したアンケートで、体験が次世代に「伝わっていない」と答えた人が6割に上った。数少なくなった体験者の危機感が伝わってくる結果だ。

 出身地で八重瀬町史の編集に携わる平仲愛里さん(29)は、大学時代から沖縄戦を生き抜いた祖父の体験を伝える活動に取り組んでいる。その体験は自分の今につながる歴史であり、生まれ育った場所がかつて戦場だったと「おじいちゃんの目を通して追体験している」感覚があると話す。

 このような実感が生まれ育つ場が沖縄なのだ。

 知ることから始めよう。

 
 

   吐き気すら覚えてしまいますね。こんなのよく日本人に読ませられるもんだよ。

 慰霊の日というのは、32軍の牛島司令官が自決された日(22日という説もあるようだ)で日本軍の組織的戦闘が終結した日とされている。戦闘自体はまだまだあったようですがね。それでタイムスの社説ですが、


   >当初、県はさらに人数を絞って、摩文仁の丘の上にある国立沖縄戦没者墓苑で開くとしていた。感染症対策として規模縮小はやむを得ないとしても、なぜ県の追悼式を国家施設で開くのか、疑問を抱いた県民は少なくない。

   : いやいや、疑問を抱いたのはキミたちだけだ。ふつーの県民は何とも思わないよ。そもそも行かないし。


   >事は沖縄戦の本質に関係する。

 日本軍が司令部のあった首里から撤退し、南部で本格的な戦闘を展開することになれば、住民を守ることができないという声は、県庁側にも米軍側にもあった。

 だが本土決戦に備えた時間稼ぎという戦略持久作戦を採用した日本軍は、首里からの撤退による徹底抗戦を選択。結果、南部撤退後に行き場を失った住民の被害が続出することになる。

 沖縄全戦没者追悼式の場所や形式が問題になるのは、それが沖縄戦の実相に深く関わっているからだ。


   :ここですよ、この部分が沖縄タイムスというクズ紙の本質。何を言ってるかというと、沖縄県も米軍も首里にあった司令部を移せば、南部で住民が多数犠牲になるということを沖縄県はもちろん心優しく人道的な米軍様も共通した意見だった。と言ってるわけだ。では、対馬丸という輸送船を沈没させて多くの人を殺したのも、昭和19年10月10日の那覇への空襲も県民を守るお立場だったが仕方なくということか?あるいはそれも日本軍がいたから日本軍のせいだとでもいうのか?クソが。まぁ、沖縄タイムス自体が米軍様が創設させた新聞社だから致し方ないってことか・・。



    >それだけではない。日本兵によって壕を追い出されたり、なけなしの食料を奪われ、スパイの疑いをかけられて殺害されるなどの事例も、県内各地で相次いだ。



    :はい、お約束のフレーズ。これがないとタイムスではないわな。毎年コピペってこと。



  毎年摩文仁にある平和の礎に多くの人が行くんだけど、あれさー何のために行くんだろう。意味がわかりません。例えば、米国人や朝鮮人、台湾人などが、身内が沖縄戦でお亡くなりになっていて、「そこにいた」ということを確認し供養するために訪れるのは全然いいことだと思う、刻まれた名に手を当てて涙してるのをテレビで見たことあるし、それは大いに意味あることだ。あと日本人でも沖縄のどこで戦死したかもわからない、わかっていてもお亡くなりになった場所に近いところで刻まれた名前を見て供養したり思いを巡らすのもこれまたありだ。しかしね、例えば那覇に住んでて平和の礎に行ってなにするの?供養?墓に行け!仏壇に手を合わせろ!なんで名前が刻まれてるだけで行くのかね、地元民が。それも慰霊の日に限ってってどーいうことだよ、意味がまったくわからない。そこに私はいません、ってこと。墓に行くか仏壇あるんだろ?そこで手を合わせりゃいい。もちろん行く行かないはご自由だけどな。


 沖縄は捨て石にされた、とか時間稼ぎに利用された、とはよく聞かされる話だが、その賛否はともかくとして、我々の先祖はよく戦ってくれたと思うよ。その前の硫黄島の戦いと沖縄戦があったから、米国は本土決戦を拒んだという見方が妥当だからだ。その意味において沖縄戦で散った命を美化するわけではないが誇りたい。   


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