縁側の 「逆風って気持ちいい!」

 縁側です、よろしく。首里城周辺をうろついております(^^♪ 言いたい放題させていただくブログです。酒飲みで常識もへったくれもない、常軌を逸した者が綴るブログですから、ムキにならずにお読みください。 ご意見やご批判などはこちら→samy_0363@ezweb.ne.jp


  ここ数日、寝つきが悪い。うるま市の事件のせいだ。あまり考えないようにするのだが、ついアマタをよぎる。

  前のエントリーで、日本人には民主主義は合わないと書いた。実際に合わないのですが、こんな声も聞こえてくる。「今現在、日本は民主主義国家じゃねーか!お前バカか?」というもの。

  日本は民主主義国家ではありません。これは民主主義の誤解でしょう。「民主」というくらいですから、国家の主は国民ということです。そこは共通認識でいいよな?

  選挙で我々の代表を決め、議会で税金の使い途を決め、外国との条約なども代行してもらってる。いわゆる関節民主制というやつだな。うまく機能してるようだから民主主義だという人もいるだろう。それはそれで間違いではない。もちろん民主主義的でしょう。でもそれは一部でしかない。それをもって民主主義だと言い張るのは無理がある。

  国家権力にはたしか大きく分けて三つあったよな。そう、司法権、立法権、行政権の三つだ。民主政治の上で重要な権力ですが、三権が独立してその権力を行使できることから、三権分立といってるようだ。なんか社会の授業みたいね<m(__)m>

  わが国でも三権が独立してますよ、といちおう学校では習ったのですが、首相公選制度もない、もちろん大統領制でもない我が国では実は二権分立でしかない。行政(内閣)と立法(国会)の権力は、単独政権であっても、連立政権であっても、当該政党に集権化する。現在は、自民党と公明党の連立政権ですから、この二権はこれらの政党の手中にある。

  米国なんかは、その点大統領制を敷いているから、きっちり三権が分立してます。大統領(行政)、議会(立法)、連邦裁判所(司法)という具合だ。それに大統領には議会に対して拒否権もある。議会で成立させた法律への署名拒否だな。あと、大統領が議会に「こんな法律作れ!」と指示できる。もちろん議会側(立法側)にも拒否(無視)できる権利はある。では司法はというと、独立してるだけでなく、連邦裁判所の裁判官(判事)は大統領が任命し、議会が同意しなきゃならん。権力の分立がはっきりしてる。

  前置きが長くなりましたが、ってもういっぱいいっぱいでちゅ、疲れた"(-""-)"

 前のエントリーの地位協定に触れたとこで日本は民主主義に合わない。と書いた。
 それは、司法を見れば一目瞭然でしょう。
 前エントリーでも書いたが、世界最先端の民主主義国家である米国なんか、証拠あり、自供あり、科学的根拠あり、目撃者ありと誰がどう見ても犯人なのに、無罪がでるケースがある。事務手続きの不備だよ。あるいは違法性の高い捜査が少しでもあった場合もね。LA市警で白人警官数人が黒人青年をめった打ちにしたことから違法捜査が明るみになったこと記憶してる人も多いはず。警察の捜査が法に少しでも抵触してたらアウト。いくら証拠が正確でもアウト。日本は今でも可視化がどーだとかいってるわけだ。よくハリウッド映画なんかで、逮捕された者が「弁護士呼んでくれ」なんて言うね。日本でもそれはできるけど、ほとんどが国選でしょう。

 民主主義を標榜するうえで最も大事なことは「国民の権利」。日本国憲法でも13条で立法や国政の上で最大限尊重される、とある。公共のなんちゃらとか入ってるけどね。では我々はそれを最大限行使してるでしょうか?

 例えば、カレーに毒入れて何人か忘れたけど死亡させたとして林という女性が死刑判決を受け確定していますね。あれね、状況証拠だけですよ。裁判官も「この女以外に毒入れることのできるのいないもん」と決めた。日本では、「当然だ」とか、「とっとと死刑にしろ」とかの意見が多くでますが、米国で同じ事件が起きたとして死刑判決が出るでしょうか?状況証拠だけ、目撃者なし、毒物も被告のものと断定できない。それで死刑にできるのか。大いに疑問であります。私見ですが米国なら無罪かもしれない。

 日本では、マスコミの報道でもそうですが、逮捕イコール犯罪者という空気を作ってしまう。実は、これこそが民主主義国家ではない証拠。だって容疑者は日本国家の主(あるじ)ですよ。犯罪者ではない主権者なのです。しかし、マスコミの報道姿勢を受けて巷間では「あれが犯人」と断定してしまう。これは警察情報からマスコミが流す報道からくるのですが、警察は「こいつがホンボシ」として捜査する。当然、公判に耐えうる証拠を見つけてくる。それが時には証拠ねつ造などで冤罪を生むわけだけど。

  刑が確定するまでは、その被告は主権者の一人なのです。ですから、被告は拘束される以外は我々と同じ主権者で様々な権利を有している。ここを理解しない限り、米国並みの民主主義には近づけない。

  拘束しているのは警察(行政権)であり、検察(行政権)であります。その国家権力に対抗するために弁護士がつく。そして司法の場で被告の主権者たる立場を守る戦いが繰り広げられるわけ。これはオウム事件でも同じ。我々はとにかく麻原を死刑に!という空気をつくることとそれが達成されることに興味が集中したが、主権者が拘束され、尋問され不利益を被っていないかなどはアタマにない。非民主主義的ということ。

 司法の場では、検察という行政側が被告を犯罪者にするために様々な証拠を提出する。証拠調べというやつだな。その証拠がどこからチェックしても正確な証拠か調べる。弁護士は証拠の信ぴょう性を疑い検察のあら探しをする。それを最終的には裁判官が判断するのですが、最近では裁判員制度で国民が直接裁判にかけるようになってますが、本来の趣旨としては、主権者たる被告の権利を守る意味がある。しかし実際はそのような精神状態ではなく、「公正な目」で裁くべきだと思っている。これも勘違いだ。公正な目を持つではなく、被告の主権者たる権利を行政(検察)が侵害していないかをチェックしなければならない。つまり、被告に寄り添い、被告側に立って、行政(検察)が犯罪者にしたがって提出してる証拠を吟味しなければならないのです。

 ですから、マスコミ垂れ流す恣意的な情報に左右されてはいけないし、あってはならない。

 上で書いたのが「民主主義」の一例なのですが、こと犯罪に関して我々日本人は時代劇などで洗脳されている。遠山の金さんなんか、おとり捜査して、潜入捜査して、大捕り物で拘束して、お白洲で尋問して、判決を言い渡してます。これは、警察(行政)と検察(行政)と裁判(司法)をたった一人でやってるわけ。それを拍手喝さいで視てるわけですからね、小さい頃から。水戸黄門だってそう。天下の副将軍かなんかしらんが、全国津々浦々に赴き、巨悪を成敗してます。これは東京地検特捜部の仕事と司法両方をあのじーさん一人でこなしてるわけですよ。さて我々に民主主義って合いますか?

  林死刑囚を助ける運動が安保法制のときの運動並みに起きますか?それないでしょう。「悪党なんだからいいんだよ」ということでポイ。

 冤罪などでお年を召されてから無罪になった人が身内ならどうでしょう。今までどれだけの冤罪があったのか・・・・なんて考えると恐ろしくなります。これは、カタチだけ民主主義を装って実は、民主主義でもなんでもない我が国の在り方の問題。民主主義国家を目指すならそのように教育しなければならないのに、それをしてないんだもの。もっと言えば、我々にはこのような感性というのか感覚は難しいと思うぞ。合わないと思うぞ。

 だったら何がいいんだ?と問われてもそれは困るんだけどね。とりあえず現在の中途半端な状態はどちらにしてもよくないでしょう。

  みなさん、お久しぶりです。お元気でしょうか?梅雨空でじめじめした天気ですが、いかがお過ごしでしょうか。それはそうと、うるま市で女性暴行殺人事件が起きましたね。ひどい事件です。

  この事件の対応について一言だけ言わせてください。

 容疑者のシンザト・ケネフ・フランクリンさんは、米国籍の男性、沖縄人の妻(国籍は知らない)と乳児が一人の三人家族で、与那原町に住んでる。職業は嘉手納基地内の業務委託企業の会社員で元海兵隊員。プロフはこんな感じだよね?いいよな。

 事件の経緯等はみなさんのほうが詳しいでしょうから割愛します。

 このシンザトさんさー、いままでにも婦女子に対する暴行あったのかなー?それも明らかになるんでしょうが、どうもこの事件やら、前に那覇市内のホテルで起きた米兵による暴行事件やらでの周辺にいる連中の対応が腑に落ちないんだよね。

  那覇市内のホテルでの暴行事件ですぐさま四軍調整官が翁長知事閣下に対して謝罪しましたよね。なんで被害者に謝罪しないの?もっと言うと、なぜ仕事中でもないのに職場の上司が謝罪するのでしょうか?
 今回の事件でもなぜ四軍調整官は出張中の翁長知事閣下の代わりの安慶田副知事に謝罪したのでしょうか?
 「謝罪に来い!」ということではおそらくないのでしょう。自発的にとった行動だろうけど意味がわからん。それにね、刑が確定しないうちに謝罪ってどーいうことだよ。わけわかりませんので、誰か教えてちょ。まぁ、反基地感情を抑え込む狙いがあるんでしょうがね。

  ネットの記事では「謝罪と補償」という見出しまである。おいおい、誰が補償するんだ?誰に?米国?日本政府?ほんとバカじゃねーの。補償はね、もしご遺族が求めるならだけど「シンザト妻」にしてもらいましょう、家屋敷売ってでも金工面したらよい。じゃなきゃ米国にいるおかあちゃんに請求しましょう。刑が確定した場合でご遺族が望むならだけど。

 一般論でいえば、今回の事件で反基地感情は高まります。前にもいったが、このような事件がたびたび起こると取り返しのつかない事態になります。基地に対して意見を持たない者も反基地になる。もちろん個人の犯罪はどこまでいっても個人の犯罪。でも、ここ沖縄では歴史的経緯からその「常識」は通りにくい。

 オスプレイ落ちろ!と叫ぶ反基地運動員の心と同じで、今回の事件を利用することに躍起になる連中はさっそく行動に出ているのでしょう。

  「基地あるが故の事件」とは使い古された言葉ですが、その魔法の言葉を沖縄全体、日本全体にふりまく行動にでるのだろう。

  このシンザトさんが犯人だとしたら、チンポたたっ切りアヒルに食わしたらいいと思うし、家族の手で八つ裂きにしたらいいと思う。

  米国籍ということは「外人」ですね。よそ様の庭では礼儀を守るのが当たり前ですね。それができない連中は、朝鮮半島系も含めて出て行ってほしいもんだし、地元民が私刑にしてもよい。それが「田舎のローカルルール」ですよ。

  縁側が子供の頃、復帰前のことですが、コザの街では、不良米兵を相手に「人民裁判」と称して、複数人でボコボコにしていた地元青年団がいたらしい。「判決を言い渡す。私刑!」とかいってね。このような法律を無視した者らがこれから現れないとも限りません。これは理屈じゃねーんだよな。「おらが村」を守りたいという気持ちが暴挙に出る者らを支配してしまう。

  今回の事件でもしもシンザト妻とその子供に対して「あなた方も被害者よ」なんて軽口たたく反基地反米のクソッタレがいたとしたら舌を切ってやれ。彼女(シンザト妻)には悪いが、石を投げられても仕方ないと思うぞ。被害女性の家族にボコボコにされても仕方ないと思うぞ。それもローカルルールだ。何らかの社会的制裁は受けてもらう。沖縄には安住の地がないくらいでちょうどよい。被害女性の供養にもなる。人を殺すということは、そこまでのことだという戒めを社会が認識しなきゃならんからな。

 同棲中の彼氏と結婚して、幸せな家庭を築いていくという人生設計を根こそぎ葬られた被害女性と家族の心中を察するとほんといたたまれない。このシンザト氏が犯人なら、自殺に失敗したことを後悔するくらい苦しめてから死んでもらいたいもんだ。

 それにしても。月曜日に翁長知事閣下と安倍首相が会談を持つらいしいのだが、???ですよね。何を話すんだ?誰が希望した会談か知らんが、なぜ国と県の行政のトップが・・・。意味がわからん。まぁ、これも「抑え込み」ってことか。ズレまくりだな。

  この事件を受けて日米地位協定に言及する者がいるけど、それもズレてる。関係ないもんね。在日外国人というだけですからね、このシンザトさんは。それに、地位協定云々をいうのなら、容疑者の段階で犯人扱いし、有罪率が99%以上の我が国に対して、民主主義を標榜する米国が鍛錬を積んだ米兵を簡単に差し出すような改定に応じるとは思えない。だってね、日本じゃありえないことだけど、殺人事件があったとして確実にこの人が犯人で証拠もバッチリ、目撃者の証言も一致、DNA鑑定も合致、自供もとれた、どこをどうみてもこの人が犯人だとしても、法務手続きの不備ひとつで無罪判決が出ちゃうんですよ、米国は。日本人には理解できないですよね。でもね、このような米国こそが「立派な民主主義国家」なんですよ。詳細はまた今度ね。結論をいうと、我々の持つ常識は民主主義には合わないのですよ。ですから、米国に地位協定の改定を迫るのも限界がある。米国側からしたら現行でも精いっぱいの譲歩なんじゃねーのかな。

  沖縄は県議選も近いですが、今回の事件を利用する候補者、選挙用の横断幕をガードレールにつりさげている候補者、こいつらに投票することのないようお願いします。

 

 
   多くの人はクルマを運転する。交通法規があり、皆さんがそれを守って安全で快適なドライブができる。ところが、中には初心者や高齢者など、状況判断が鈍い人もいるし、的確な判断でクルマの流れに苦も無く乗っかれる人もいる。フツーに運転できる人の中には前でトロトロ運転してるとイライラする人結構多いんじゃないでしょうか。

  イライラする人って、自分は「ダメなドライバー」だとは思っていない。上級とは思わないまでも、下手くそだとは思っていないはず。自分はちゃんと運転してるのに、前から走ってるコイツはなんてダメなドライバーなんだ、と思うわけだ。それで、あおったり、クラクション鳴らしたりする。

  ところが、もしも自分が運転技術も未熟で状況判断も鈍いダメドライバーだったとしたらどうでしょう。恐ろしくて路上に出るのを躊躇するかもしれません。「フツーに運転できる自分」がいるから、安心して路上に出れるのです。そしてフツーと自覚できるのは、自分よりも劣ってるものの存在を確認したとき。

  縁側は思います。自分が苦もなく冷静かつ安心して運転できるのは、最低レベルのドライバーではないから。よって、前でとろとろ運転の人がいても怒らないようにしています。なぜなら、「この人みたいな人がいるから自分は普通かそれ以上の技術を持つドライバーだと自覚し、安心して運転できるんだ」と思うようにしています。ほぼ聖人のような縁側にお布施をしなさい(ToT)/~~~

  身近なとこでは、フツーの顔立ちの子がブスを見て安心するのと同じ。電車の中で化粧してる女のほとんどが、「自分は並み以上」と思っていたりする。

  辺野古問題をテーマにした朝まで生テレビで、県内の起業家かな。樋口さんとかいう人が、「沖縄では最初、クラクションが鳴らないことに驚き、マナーの良いとこだと思った、しかし、それは間違いで、クラクションを鳴らさないのではなくて、鳴らせないということがわかった」ということを言ってた。どーいうことかというと、ダメなドライバーがマズイ運転をしてたら本土ではクラクションを鳴らす。そこで周りの者は「いいぞ、もっとやれ~」というふうに、マズイ運転をしてるドライバーを非難するのだが、沖縄では同じ状況でクラクションを鳴らすと、鳴らした人が非難される。というようなことを言ってたと記憶してるのだが、樋口さん、あなたも前述のことでいえば、並みか並み以上のドライバーだと自分を信じているのでしょう。でもね、沖縄VS本土の括りで言うには無理があるというのか、多くの人に失礼である。

  そもそもクラクションってむやみやたらと鳴らしたらダメだと交通法規を勉強したとき習わなかったのかね。まぁ、沖縄人の特異性をいうためのたとえ話であることはわかるけど、テレビでいうことじゃない。

  樋口さんの言を借りて縁側がいえば、例えば沖縄人は時間にルーズです。「沖縄タイム」という言葉があるくらいでそりゃ時間にルーズです。本土から転勤してきた人が、まず戸惑うのがこの時間の観念のなさ。もっとも最近では少しずつ「日本化」してきたようで、時間を守る人が増えてきたように感じる。

  それでも、まだまだのところがあるらしく、転勤してきた人たちを悩ませているらしい。

  でもね、それは「自分たちが正しい」という自信があるからお悩みになるわけでして、リスペクトしてよ~~く見てみなさいよ。例えば、飲み会で1時間遅れたからといって険悪な雰囲気になる沖縄人はいない。これは絶対いない。2時間遅刻でも怒らない。これも絶対だといえる。どーです、いいとこでしょ?(ToT)/~~~

  これから飲んで楽しもう、楽しんでるときに遅刻してきた人がいるくらいで、ビィビィ怒るのは沖縄ではカス野郎となる。飲み会の目的が「楽しむこと」なのに怒っては本末転倒で、飲み会なんてやらなきゃいい、と、沖縄人は思うわけだ。縁側はそんな沖縄が大好きです。

  もちろん、ビジネスシーンでの遅刻は許されないので、これは叱責されても仕方ない。沖縄人はこのへんの切り替えが苦手なんだよな。

  縁側は、転勤などでこちらに住み始めた人の多くから、「時間の感覚が我々とはねぇ・・・」なんてことをよ~~く聞く。そこで言って差し上げる。「ここに数年住むことになるのなら、沖縄に合わせることも大事ですから、私の言うことを聞きなさい。まず、沖縄人を待たせろ!キミが逆に遅刻していけ」という。そして、「そのとき沖縄人は絶対に怒らないよ、それを感じなさい。それが沖縄の心というやつです」と言っている。

  「遅刻した者は絶対悪であるのだから、言いたい放題怒鳴ってもいいんだ、それを周りの者も理解してくれている。」
  縁側はその理屈は、上でいったドライバーと同じだと思う。運転して安全に目的地につくということが大事なのであって、ダメドライバーを非難したことによりトラブルになるのはバカらしいと考えるのが沖縄人。せっかくの飲み会なのに怒ってもしょうがないから、遅れてきた人も楽しく飲もうぜ、というのが沖縄人。

  もちろん、キチンと運転できない者が悪いし、待ち合わせに遅刻する者が悪い。そんなことは言われなくてもわかってるんだよ。その上で赦す。お互いを赦し合う。沖縄人がもともともっている気質とはそういうものなのです。最近は変わってきたように感ずることが多々あったりするが・・・・。

  沖縄人は、自分たちの良いところを「我々のこーいうとこがいいんだ」ということを発信するチカラが足りない。

  例えば、沖縄人は飲み会がおわり、二次会にいくとき、そこが極端に近場でもタクシーに乗る。それを本土から転勤してきた人たちは奇異に感じるらしい。そこで「キミたちそれはおかしい、歩いてすぐじゃないか、歩こう」と言われてすごすごと歩くわけだ。縁側ならこういうね「せっかく一次会で一人数千円も払って盛り上がってるとこなのに、歩いて興ざめして、二次会でまたゼロからスタートでは知恵が足りない。一次会の場を出てすぐにタクシーに乗る。そこは個室だからタクシーの中で盛り上がった雰囲気を維持して二次会に突入すれば無駄がないでしょ。」とね。それが沖縄の心です(ToT)/~~~

  話を戻すと、並みか並み以上だと自覚して自信を持つのはいいのだが、並み以下の人を非難することを正当化できる心性というのは、どうも好きになれない。

  「イジメられる者にも問題がある」とはよく聞く話。これも上と似たようなことのような気がする。自分は並みの子で特別に突出してはいない。体型も顔も友人との付き合いもまぁふつう。そのように自覚できるのは、体型が他の人と著しく違う者や、顔立ちがこれまたブーの字とか、いつも一人でいるとか、そーいう人を見て安心している。残酷な先生は「二人一組ですから好きな人同士でペアをつくってください」なんていう。

  フツーでない者は浮いてしまう。それを攻撃する者らが出てくる。イジメだな。上のクラクションを鳴らすことと似てたりするのだが、攻撃してくる者らはそれを正当化してしまう。「運転下手くそだから」、「こいつデブでキモいから」。

  美人はブスに感謝しなければいけないし、運転技術が人より劣ってはいないと思ってる人は、下手なドライバーにやさしくなりましょう。それが「沖縄の心」であり、実は日本人の特徴のひとつと思う。

  それからいけば、憲法の前文で保守系の人から批判される「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という一節ですが、人々が生きていくためのすばらしいメッセージであるともとれる。
  

  

  
  本日(20日)の琉球新報コラムは笑えました。どーぞ。

    金口木舌 対話の姿勢こそ必要

  「昔はおれもワルだった」と過剰に自慢する人は、心理学的には他者から認められない不満を抱える人が多いそうだが、公人であるこの方々はどうだろうか
▼自民党国会議員のネット上の“悪ガキ自慢”が相次いで問題になった。ある衆院議員は学生時代、「生意気」な若い女性教師をトイレに閉じ込め爆竹を次々に投げ込んだ。涙声になる教師に、「『やった~』と快感だった」と記す
▼別の参院議員は同級生を皆で全裸にして性器にマジックで落書きをした経験を語り、「いじめられる方も弱くなっている側面はないか」と被害者側を責めた。自身の行為ではないと釈明したが、被害者を責める心性自体が問題とは思っていないようだ
▼情報機器の発達により自分の好みに合う情報だけを共有し、同調しない相手を分ける傾向が強まっているという。歴史社会学者の小熊英二氏は最近の政治家について「仲間内で通用する言葉が他集団では怒りを買うことを理解していない」と指摘する
▼安倍政権の言葉がすんなり入ってこない。「粛々と」は強行という意味だし、「地元の協力」は辺野古移設をしないと普天間の運用停止を反故(ほご)にするという脅しだ
▼他集団の言葉を理解し、対話を重ねる姿勢こそ政治家に必要とされる。政権内の「仲間内」の言葉を押し付けているだけで、他者を説得するのは難しい。もちろん沖縄も。(引用おわり)

  
    もうね、ほんとこいつらの家には鏡がねぇのかよwwwwww

  前半は国会議員への批判。それはいい。どーぞ御自由にって感じだな。ところが、次行から猛烈な台風が・・・・。
  >情報機器の発達により自分の好みに合う情報だけを共有し、同調しない相手を分ける傾向が強まっているという。歴史社会学者の小熊英二氏は最近の政治家について「仲間内で通用する言葉が他集団では怒りを買うことを理解していない」と指摘する

   :自己反省してるのか・・(ToT)/~~~ ねっ、そーだよね、猛烈な自己批判と反省と「おわび」だよな?と思いきや

  >安倍政権の言葉がすんなり入ってこない。「粛々と」は強行という意味だし、「地元の協力」は辺野古移設をしないと普天間の運用停止を反故(ほご)にするという脅しだ

   :やっぱ違ったか・・琉球新報が反省するわきゃねぇと思ってはいたよ、いたけど・・・・・・・・・・・
さぁ、めげずに気を取り直していくか。まず「粛々と」をネット辞書で調べると、「厳かな様子」や「静かな様子」を表す言葉、とある。これを安倍さんが言うと、琉球新報には「強行」と聞こえるようだ。う~~ん、県内の病院で治せるとこは・・全国の精神科で琉球新報に関わりたい病院は手を挙げてくれ。頼む<(_ _)>
  それと、「地元の協力」は、音の意味そのまんまでありますので・・。これは今日(20日)の社説にもあったが、いいかい、辺野古に基地機能を移転させることが「条件」で、普天間の5年内運用停止なんだよ。いちおう県民に気を使って「地元の協力」というけれど、本心は「おめーらふざけてる?辺野古に移すのが前提なのはエスキモーだってわかることだろが、ボケ!」でしょう。それと、北部振興策で1000億円もの巨額資金をすでに拠出し、使いまくってから移設反対ってのは、世間じゃ詐欺師というんだけどね。だいたいね、宜野座なんて小さな村が阪神タイガースのキャンプ地として誘致できるわきゃねーじゃねーか。それを莫大な金が政府から出たから球場作れたんだろが。でも辺野古はイヤ!ってやっぱり詐欺だよね。観光で来られる皆さんにはぜひ、東側の金武町から宜野座村、名護市を見てください。ありえないような役所や施設は目につくはずです。

  まぁ、翁長知事閣下のこと、その1000億円の返済方法などすでに「腹案」があるのだろう。でないと詐欺師の親玉のレッテル貼られちゃうもの。

  一番の解決方法を縁側は知ってるんだけど、教えようか。それは、那覇軍港の移設先である浦添市にV字型の滑走路を造り、そこに普天間の機能を移すんだ。翁長閣下、良い案でしょ?(-。-)y-゜゜゜

  浦添に普天間の機能移設すれば、環境影響評価も簡単クリア!なぜなら、那覇軍港の浦添移設は既定路線。それに滑走路足すだけだもの。いやーこりゃ名案ですよ、閣下!
   

 
  普天間飛行場の移設先とされる辺野古の工事をストップして国と沖縄県が集中協議に入っておりますが、まぁ集中しようがしまいが、物別れになるのは目に見えている。翁長さんもここまできたら条件面で折り合いをつけることはないでしょう。

  縁側としては、翁長さんには頑張って粘ってもらって日本全国に安全保障の現場を実況してもらいたい。

  ここで情報をひとつ。三島由紀夫シンパの方の中には、「翁長支持」の意見を持つ人たちがいる。

 「翁長さんのバックグランドを脇に置いて彼の主張だけを聞けば、納得できる。惰眠をむさぼり、ただただ思想も思考もなく米国まかせの安全保障で生きながらえる日本国民を目覚めさせるカンフル剤になる」というもの。

  それについては賛否あるでしょうし、縁側はそれに対する答えを持ち合わせていないのが現状ですので、今はなんとも言えません。三島由紀夫が市谷で演説した内容もそのようなことだったと記憶している。ってそのとき私は幼児ですが・・。

  中谷防衛相は「抑止力として辺野古は重要」という旨のご意見。対する翁長さんは「弾道ミサイルもあるんだから沖縄に基地があっても意味ない」という感じか。

  う~~ん、残念ながら、我が翁長知事閣下の御意見は却下だよな。

  サンデーモーニングという番組がありますが、そこにでてくるコメンテーターに寺島実郎という人がいますね。この御仁がよくいうことに「米国は中国と衝突する気はない。必ずそれを回避する」というもの。

  この人さー、テレビでもラジオでもそればっかり言ってる。そんなことこの人に言われなくてもみんな知ってるよ。世界第一位と二位の経済大国が軍事衝突することがこの惑星にとってどれだけマズイ状況かなんてねー、皆さん。いちおうこの言説は左右の別なく認識されてると思う。

  当然、翁長知事もこれについては同意されるでしょう。それで辺野古移設反対・・・???

  サンデーモーニングの寺島って人さー、かしこぶってるけど、ほんとはBAKAだよね?ね、そー思いませんか?この寺島も翁長さんと同じというのか、ご多分にもれず辺野古は反対ですよね。

  中国は沖縄県を狙ってるというのは周知の事実。それをふまえて

             「米国は中国と軍事衝突しない。必ず回避する」

   この言葉ねー、逆もあるんだよね。そう、

             「中国も米国との軍事衝突はしない。必ず回避する」

  とすれば、中国が狙ってる沖縄県の最善の策は、

             「米軍基地の固定化」でしょ?そしてそれを世間では「抑止力」と呼ぶ。寺島さんと翁長閣下御理解いただけたでしょうか?(ToT)/~~~

  中谷防衛相の言う抑止力は米軍基地の固定化。我が翁長知事はそこ知ってるからミサイル?とか言う。

  中国が米軍基地にミサイル撃つわけねーじゃん。米軍の影響力が低下する中、ヨーロッパの頼りにならない同盟国をしり目に、積極的平和主義を打ち出すアジアの同盟国のなんと光輝いてることか。ですから日米安保は米国にとっても大事な大事な条約です。なにかあったらそれを履行しなきゃならなくなるが、履行するわけにはいかない。このジレンマを解消するには「なんにも起こさせない」ことが重要。よって南沙諸島も警告するし、それの周辺国とも連携する。

  戦争のイロハとして基地が狙われる、というのはそうだけど、戦争させないために基地を置く、もまた真なり。

 三島由紀夫とそのシンパの方々はその基地が米軍であることが気に入らない。自衛隊という国軍で対処しろ、ということみたいね。縁側はそれに共感はする。するが現実は無理筋か・・・。残念

 まぁ、なんにせよ、この抑止力という言葉。沖縄県民がもっとも理解しなきゃならないのですが、その逆になってる現実を中国の工作員はどう見ているのでしょうか・・・・。
 

↑このページのトップヘ