縁側の 「逆風って気持ちいい!」

 縁側です、よろしく。首里城周辺をうろついております(^^♪ 言いたい放題させていただくブログです。酒飲みで常識もへったくれもない、常軌を逸した者が綴るブログですから、ムキにならずにお読みください。 ご意見やご批判などはこちら→samy_0363@ezweb.ne.jp

小沢党首が辞めるようですが、政界再編を視野に入れた動きであることは

間違いないでしょう。どうせなら、主義、主張、イデオロギーで分かれてくれると

わかりやすくていいんですが。ってそれが本来の政党政治の姿なのですが・・。

選挙を自力で勝てない奴が主義主張をごまかして当選するから困ります。

政党政治が本当に一番いい方法なのかね?疑問に感じるこのごろです。

もっとも対案はないが・・。

たとえばだが、ネットを使って全国の有権者に争点を決めてもらうとか(今のやり方だと

マスコミが争点を決めている場合があるので)あるいは具体的に、対米政策、対中政

策というように個別の質問形式で、これをもとにマニュフェストをつくってもらうなど・・。

思いつきですが、選挙の方法を変えていかないと、民主主義は遠のきます。

私の場合、民主主義者ではなく、民主代行主義者ですが・・。(すいません造語で。)

この世はすべて代行業で、国民が代行業の主権者と言う意味です。

先日、小中学生の学力テストの結果がでて、沖縄の子供たちが47番目の成績だった

ことが地元新聞を賑わせておりました。46番目まではわりと拮抗しているようですが、

46番目と47番目である沖縄との差がかなりあるとのこと。予想通りだと思うのですが、

新聞の記事からは地元教師のコメントとして「予想外の結果!」に落胆しているとのこ

と。教え子たちの学力をはかれない教師が教壇に立っているのだから仕方のないこと

ですよね。それはそうと、教科書検定問題であれほど「子供たちに歴史の真実を学ば

せたい!」とおっしゃっていたのに、全国最低の学力じゃあな~。教師が率先して、旧

日本軍の主語を外してあげないと、どんどん学力下がっちゃうぞ~。このブログをみて

いる方のなかで、沖縄で教師をなさっていて先の県民大会に参加して気勢を上げた方

がおられるのなら一言、言わせてください。

     恥を知りなさい。恥を!

もっとも恥とはなんなのか?を理解する気がないから参加できるのだが・・。

私は、朽ち果てるという言葉が好きです。

最近の年金問題は、あまり興味がありません。確かに、国家の不祥事ですから

正さなければいけないとは思いますが、私個人としては、あまり関心ありません。

年老いても子供の世話にはならない!と豪語なさる方もおいででしょうが、それでは、

年金もいりませんよね!年金は、子供世代の人々の納める年金保険料で賄われてお

ります。ご自分の息子や娘の世話にはならないが、見ず知らずの子供と同世代の

方々の世話になるというのは変なお話です。勘違いしては困りますので、言っておきま

すが、ご自分の納めた年金保険料は前の世代の御年寄りのためのもので、自分のた

めの積立金ではありません。(今現在の話で、改正するようですが・・。)

税金と保険料を合わせてやりくりする案があるようですが、大甘な試算を見せられて

も期待できません。自分の老後は自分で責任を持つようにいまから心がけるようにしま

しょう。私は、自然に朽ち果てていきます。もちろんそれまでは、子供の世話になる

つもりです。上の人の物言いは一見、「骨のある人」のように見え、かっこいいセリフで

すが、次の世代に間違ったメッセージを送ってしまいかねません。つまり、「親が年老

いたら国や、ボランティアや、介護士が面倒を見るのが当たり前!」となったら、そりゃ

あ少子化はとまりません。「親の面倒は子供が!」は基本としなければいけません、未

来永劫。それが、先祖から親、自分、子供、孫・・と連綿と続く縦軸を守ることに繋がる

はずです。保守思想の基本はそこにあると思います。

ちなみに、私が年老いたとき子供に見棄てられたとしても、自然に朽ち果てていけばよ

いと考えます。



私が子供の頃、といっても小学生になる前ですが、米軍機が上空を飛んでいく姿

を見上げて大声でおねだりしていたのを思い出す。私と同年代の人(小学生のとき

本土復帰)は同じ経験をしていることと思うが(俺だけじゃないよな?)

「アメリカにいっておもちゃ買ってきて~!」と手を振って叫んでいた。

私の住む那覇では米軍基地被害の現実感はない。子供の頃からそうだったと記憶

している。テレビに映し出される米軍基地被害も本土での事件・事故も同じレベル

で見ていたように思う。それは今も変わってはいないように感じる。

米軍機にお願いしたものでハッキリと覚えているのが、タイガーマスクのリングセッ

ト。リングとタイガーマスクの人形、そしてその敵となるトラの穴からの刺客レスラ

ーの人形。欲しくてしょうがなかった。たしかタイガーマスクの人形は、マスクが

取り外し可能で、外すと伊達直人だったように記憶する。

クリスマスの翌朝、枕元にそれが置いてあるのを見てサンタクロースではなく

「アメリカの飛行機に乗っていた人」が買ってくれたのだと信じた。

「ギブミー・・・。」と同じ感覚だったのかはわかりませんが、幼い子供には米軍機が

「神」に感じたと言えば言いすぎかな?

私と同じ年代の沖縄の方、こんな思い出ありませんか?





生来の天邪鬼が災い?して物事を正面から見ないことが多い私ですが、確か、高

校生ぐらいの頃、定期テストの前だったと記憶しているが、先生が、「試験勉強は

夜より朝のほうがよい!早起きは三文の徳という言葉もあるくらいだ。」と、言われ

た。教師の声を子守唄代わりにしていた私だが、この言葉だけは素直に耳に入っ

た。「三文というのは今の価値でいくらぐらいなんだろう?」。子供の興味とはその

程度である。それからというもの、「三文」が、やたらと耳に飛び込んでくる。

テレビドラマを見ていても、「あの土地は二束三文で手に入れたんだ」のセリフ。

時代劇を見ていても「こんな三文芝居のどこがいいんだ?」など、「三文」はよく

耳にする言葉となった。しかしである。「早起きは三文の徳」以外に「三文」という

言葉を好意的に使っている言葉を聞かないことに気づいた。気づいてしまった。

そして私は、想像してみた。「早起きは三文の徳」と言い出した人、もしくは人々

が、どういう気持ちでこの言葉を使い始めたのかを・・。

私なりの結論として、「早起きは三文の徳」は、「無理して早起きしたってせいぜい

が、「三文」程度の価値しかないぞ!」か、「そんなむきになって早起きしたら

かえって体に悪いぞ!」というような意味だったのが時代とともにその語意が変わ

っていったのでは?との「仮説」を立ててみた。そして、周りの同級生に意見を聞い

た。「お前バカだろ!なっバカだろ!」この言葉が返ってくる。親にも聞いてみた。

「こんなバカなこと言ってるから成績が・・・」 薮蛇だった。大人になっても、職場

の同僚に話すと、あきらかにバカを見る冷たい視線が痛かった。

もともと勉強嫌いで、文献等を漁るなど、ありえない者が本気で立証してみよう、

などと思うはずがない。すっかり記憶からも消え去って歳月は流れた。

 数年前のことである。カーラジオを聞いていたら、ニュースの中で、ある国の

ある研究チームが(すいません。忘れました)、会社勤めのサラリーマンを対象に

ストレスについての追跡調査を行ったらしい。内容はというと、朝、早起きして

定時よりもかなり早く出社する人と、ギリギリまで寝て、これまた定時ギリギリ

に出社する人を比較して、どちらが多くストレスを溜め込んでいるか、という調査

だ。結果は?早起きして定時よりかなり早く出社する人のほうが、圧倒的にストレ

スを多く溜め込んでいるとのこと。運転中ではあったが、ラジオのボリュームを

いっぱいにして、食い入るように聞いていた。

「ヨッシャー!!」左コブシを強く握り、見ず知らずの外国の方に「仮説」の立証

に必要な、「必然性」を調査してもらった(タダで)ことへの感謝の気持ちでいっぱい

だった。言うまでもないが、その日から、知り合いに会うと、必ずこの話をした。

そして、現在に至っているわけだが、やはり、「三つ子の魂・・・・」。本を読むと

ページをめくるたびに勇気と忍耐を試されているようで、ストレスと睡魔が同時に

襲ってくる。そんな男が図書館や、古書店巡りなどできるはずもない。であるから、

今もって立証できずにいる。

もちろん私自身は、「仮説」ではなく「定説」と思い込んで、わが子にもそのように

教えている。(ただし、学校での使用を禁止してはいるが。)

この「仮説」について皆々様からのご高説を賜わりたく存じ上げます。


追記:バカにしないでください、打たれ弱いので。

    「バカをバカだと言う者がバカである」 は、「定説」 である。









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