縁側の 「逆風って気持ちいい!」

 縁側です、よろしく。首里城周辺をうろついております(^^♪ 言いたい放題させていただくブログです。酒飲みで常識もへったくれもない、常軌を逸した者が綴るブログですから、ムキにならずにお読みください。 ご意見やご批判などはこちら→samy_0363@ezweb.ne.jp

いよいよ、今週の金曜日に岩波・大江裁判のメインキャストである大江健三郎氏

の登場です。今日の沖縄タイムス・琉球新報共に、被告側を支援する沖縄の会

の記事が載ってました。大江健三郎氏は、「中学生にも理解できる言葉で話す」

と言ってますが、意味不明な言葉で裁判官を怒らさないか、見所満載の裁判

になると思います。気になるのは、大江が、岩波書店に下駄を預けて逃げの一手

を打つのではないか?という懸念です。原告側弁護団には是非気合を入れて

ノーベル賞作家を追い込んで欲しいところです。大江が、公衆の面前で、

苦悶の表情になり赤っ恥をかくことが、赤松大尉のご供養になると思います。


小沢党首が辞めるようですが、政界再編を視野に入れた動きであることは

間違いないでしょう。どうせなら、主義、主張、イデオロギーで分かれてくれると

わかりやすくていいんですが。ってそれが本来の政党政治の姿なのですが・・。

選挙を自力で勝てない奴が主義主張をごまかして当選するから困ります。

政党政治が本当に一番いい方法なのかね?疑問に感じるこのごろです。

もっとも対案はないが・・。

たとえばだが、ネットを使って全国の有権者に争点を決めてもらうとか(今のやり方だと

マスコミが争点を決めている場合があるので)あるいは具体的に、対米政策、対中政

策というように個別の質問形式で、これをもとにマニュフェストをつくってもらうなど・・。

思いつきですが、選挙の方法を変えていかないと、民主主義は遠のきます。

私の場合、民主主義者ではなく、民主代行主義者ですが・・。(すいません造語で。)

この世はすべて代行業で、国民が代行業の主権者と言う意味です。

先日、小中学生の学力テストの結果がでて、沖縄の子供たちが47番目の成績だった

ことが地元新聞を賑わせておりました。46番目まではわりと拮抗しているようですが、

46番目と47番目である沖縄との差がかなりあるとのこと。予想通りだと思うのですが、

新聞の記事からは地元教師のコメントとして「予想外の結果!」に落胆しているとのこ

と。教え子たちの学力をはかれない教師が教壇に立っているのだから仕方のないこと

ですよね。それはそうと、教科書検定問題であれほど「子供たちに歴史の真実を学ば

せたい!」とおっしゃっていたのに、全国最低の学力じゃあな~。教師が率先して、旧

日本軍の主語を外してあげないと、どんどん学力下がっちゃうぞ~。このブログをみて

いる方のなかで、沖縄で教師をなさっていて先の県民大会に参加して気勢を上げた方

がおられるのなら一言、言わせてください。

     恥を知りなさい。恥を!

もっとも恥とはなんなのか?を理解する気がないから参加できるのだが・・。

私は、朽ち果てるという言葉が好きです。

最近の年金問題は、あまり興味がありません。確かに、国家の不祥事ですから

正さなければいけないとは思いますが、私個人としては、あまり関心ありません。

年老いても子供の世話にはならない!と豪語なさる方もおいででしょうが、それでは、

年金もいりませんよね!年金は、子供世代の人々の納める年金保険料で賄われてお

ります。ご自分の息子や娘の世話にはならないが、見ず知らずの子供と同世代の

方々の世話になるというのは変なお話です。勘違いしては困りますので、言っておきま

すが、ご自分の納めた年金保険料は前の世代の御年寄りのためのもので、自分のた

めの積立金ではありません。(今現在の話で、改正するようですが・・。)

税金と保険料を合わせてやりくりする案があるようですが、大甘な試算を見せられて

も期待できません。自分の老後は自分で責任を持つようにいまから心がけるようにしま

しょう。私は、自然に朽ち果てていきます。もちろんそれまでは、子供の世話になる

つもりです。上の人の物言いは一見、「骨のある人」のように見え、かっこいいセリフで

すが、次の世代に間違ったメッセージを送ってしまいかねません。つまり、「親が年老

いたら国や、ボランティアや、介護士が面倒を見るのが当たり前!」となったら、そりゃ

あ少子化はとまりません。「親の面倒は子供が!」は基本としなければいけません、未

来永劫。それが、先祖から親、自分、子供、孫・・と連綿と続く縦軸を守ることに繋がる

はずです。保守思想の基本はそこにあると思います。

ちなみに、私が年老いたとき子供に見棄てられたとしても、自然に朽ち果てていけばよ

いと考えます。



私が子供の頃、といっても小学生になる前ですが、米軍機が上空を飛んでいく姿

を見上げて大声でおねだりしていたのを思い出す。私と同年代の人(小学生のとき

本土復帰)は同じ経験をしていることと思うが(俺だけじゃないよな?)

「アメリカにいっておもちゃ買ってきて~!」と手を振って叫んでいた。

私の住む那覇では米軍基地被害の現実感はない。子供の頃からそうだったと記憶

している。テレビに映し出される米軍基地被害も本土での事件・事故も同じレベル

で見ていたように思う。それは今も変わってはいないように感じる。

米軍機にお願いしたものでハッキリと覚えているのが、タイガーマスクのリングセッ

ト。リングとタイガーマスクの人形、そしてその敵となるトラの穴からの刺客レスラ

ーの人形。欲しくてしょうがなかった。たしかタイガーマスクの人形は、マスクが

取り外し可能で、外すと伊達直人だったように記憶する。

クリスマスの翌朝、枕元にそれが置いてあるのを見てサンタクロースではなく

「アメリカの飛行機に乗っていた人」が買ってくれたのだと信じた。

「ギブミー・・・。」と同じ感覚だったのかはわかりませんが、幼い子供には米軍機が

「神」に感じたと言えば言いすぎかな?

私と同じ年代の沖縄の方、こんな思い出ありませんか?




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